ホルヘ・ルイス・ボルヘス『不死の人』
5月4日
ホルヘ・ルイス・ボルヘス『不死の人』読了。
むかし読んでよく分かんなかった本を読み直そうシリーズ。
なんとなく自分も成長したし、ボルヘスとか読んでも理解できるんじゃないかと思って読み直してみたら、ちゃんと面白かった。面白いというか、文章や構成がとにかくかっこいい。
文学、哲学、宗教とジャンルを問わず古今東西の文献を縦横無尽に引用し、煙に巻かれたような気持ちになったところで、最後のパラグラフで「これしかない」と思わされる物語の閉じ方が爽快。「オチ」とかではなく、龍の画に瞳を描くような、あるいは、最後の一筆で突然対象の全景が顕れるような、魔術的な技巧に痺れる。
特に『敷居の上の男』のラストは正直、何が起きているのかよくわからないのに、眩暈のするような美しさと残酷さに満ちている。
どこまでが史実で、どこからが作者の創作なのか判別できないくらい、多種多様なエピソードが差し挟まれ、それらの全てが魅惑的。
また、人物の皮肉な描きかたも魅力のひとつ。皮肉ではあるものの、極度に冷笑的だったり嗜虐的にならず、人間の愚かさに対するどこか達観した眼差しには優しささえ感じる。
個別の作品でいうと、ミノタウロスをテーマにした『アステリオーンの家』や、屈辱的な「生」への後悔が過去を捻じ曲げ理想的な「死」を創り出す『もうひとつの死』が特によかった。
また、『戦士と囚われの女の物語』と『タデオ・イシドロ・クルスの生涯』など、同じテーマを扱った変奏曲のような作品であったり、
『アベンハカーン・エル・ボハリー おのれの迷宮にて死す』の補遺的な作品『ふたりの王とふたつの迷宮』など、収録作品がゆるやかに連関しているようにも思われる。独立した個々の短編としても楽しめるし、一冊で完成された書物としても読めるように作られているのだろう。
ボルヘスをちゃんと理解できたとかじゃ全然なくて、ようやく迷宮の入り口に辿り着けたくらいなのだろうけど、しっかり本書を楽しく読むことができただけでもまずは満足。