今村夏子『あひる』
12月29日読了
今村夏子『あひる』
【ネタバレを含む感想です】
全体的に文章が読みやすいのに加え、Kindleで読んだため全体のボリューム感が分からず、ものすごくあっさりと読み終えてしまい、放り出すような終わり方にすこし拍子抜けした感は否めない。それでも読み進めている間は作品の世界に引き込まれ、面白く読めた。
表題作『あひる』は軽い筆致でありながら、家庭の日常がじわじわと崩れていくのをなすすべなく傍観するしかない語り手の置き所のなさが身につまされる。
かわいがっていたあひるのスペアを調達し何事もなかったかのように飼う両親や、勝手に家に上がり込んで我が物顔をし始める子供たちが異様だが、それ以上に子供たちの歓心を買うことが最優先され、それが当たり前のこととなり、両親と子供たちをつないでいたはずのあひるの存在がないがしろになっていくのが何とも言えず居心地悪い。
ヒュー・ウォルポールの『銀の仮面』のような展開になるのかと思っていたら、突然現れた弟によって強制的に日常が戻ってきて呆気にとられた。でも、あひるの代わりに弟夫婦の赤ちゃんがとってかわるのかと考えると、うっすらと気持ち悪さが残る。
続く『おばあちゃんの家』は、全体的な雰囲気はいちばん好き。主人公はふつうの思い出として語っている内容が、読者の視点ではどうにも飲み込みにくいおかしさがあり、その「変さ」がこの作者の魅力なのかもしれない。
おばあちゃんの様子が徐々におかしくなり、日常が完全に異化される気配を漂わせたところでブツリと途切れるように物語は終わる。
放り出された気分で途方に暮れながら読み始めた『森の兄妹』が、『おばあちゃんの家』と重なる構造と持っていることに気づいた時は叫びそうになった。これはちょっとすごい。
どこか民話や童話のような空気を漂わせながら、子供の残酷さや身勝手さをふんわりとリアルに描いているのが特色。主人公のモリオが「へへへふふふ」とか卑屈な愛想笑いを浮かべながら、図々しいお願いをしているのが笑えもするし、いたたまれない気持ちにもなる。
『あひる』の両親と子供たちの関係性や、『おばあちゃんの家』のおばあちゃんとおばあちゃんにしか見えない「ぼくちゃん」との関係性に、自分が入り込めず取り残されるような疎外感、寂寥感が本書に通じるテーマで、『森の兄妹』はそれを逆サイドから描いている作品なのかもしれない。
他の作品も読んでみたい。