【晏子之御】を考える
【晏子之御】あんしのぎょ
他人の権威を笠にきて得意がり、自らの低い地位に満足している小人物のたとえ。
(豊富な用例でよくわかる 四字熟語辞典 改訂第3版より引用)
こんにちは、異羽です。
ゴールデンウィークの金ピカ度は金閣寺に負けてるんでそろそろ改名してくれると喜ばしいですね。にこやかウィークぐらいがちょうどいい名前だよ。
晏子之御は、言うなれば虎の威を借る狐みたいなことで、僕はそれに甘えることが多い。
とはいえひどくない? 「小人物」とまで言われる筋合いはなくない? 大人物ではないにせよただの人物として存在させて欲しいよな。
自分の周囲の人がすごいと、ついつい自慢したくなる。卑近なとこで挙げると家族の凄い肩書きとか。学生時代交流があった人が何か大成したりとか。
一応26歳になってみると、知り合いが何かを成し遂げてるのを見たりする。
演劇をやっているからか、そういう話は少なくない。
「あのドラマ、後輩が出てるんですよ」
「今バズってるあれ、同級生なんですよ」
みたいな。自分が凄くない分、瞬間的な盛り上げに一躍買ってくれる凄い知り合いというのは助かる。
「マジ!? すげー!」
って言葉を僕が100受けとる気は(しっかり)無いんだけど、でもやっぱ嬉しくはなる。
人のルーツに自分が組み込まれてるかもって思えるから。
今凄いあの人が、凄くなる前に僕と交流があったという事実。
実際僕が与えた影響は一滴の雫ないし皆無だろうけど、無なら無で、そこに喜びを見出してる僕って幸せ者じゃない? このゼロイチで発電できる日が来ますよいつか。
だから、皆交流を持ちたがるのかも。
威光迸る某人と知り合うことで自慢、はっきり言うとマウントを取ることが目標の内にあるのかも。
この場合、凄い人が凄くなる前から知り合いなのか、凄くなった後に知り合いになったのかで見るべきポイントは変わってくる。
どちらも難しいんだよな。前者は偶然に身を任せた難しさ、後者は偶然を作り出す難しさ。
僕はなるべく前者でありたい。
僕と知り合った人が皆、後々凄くなればいいと思う。僕は、嬉しいから。
ここまで来て「だからと言って今の自分が低い地位に居るとか、今に満足してるとかそんなんじゃねぇけど!?」って思いが沸々と湧き上がってきた。
てか知り合いが凄いからって僕が凄くないわけではなくない!? 名前珍しくて左利きで髪綺麗なんだぞこっちは! 希少性で言えば凄さの頭角現しまくりだろ!!
あーあ!! 今のうちに僕と知り合えなかったのを皆が後悔するような大人物にならなきゃな!!! 見てろよ!!!