Review#11:マジック・トランプ史 (和泉圭佑)
今回は、洋書でもトリックを解説した本でもありません。ひと味違う、そして非常にユニークなテーマの本です。それは、『マジック・トランプ史』。知的好奇心が満たされ、読後の満足感のも高い本でした。
ここで一つ、念のために伝えておきたいことがあります。私自身はデック蒐集家でもないし、詳しいわけでもありません。「フォンテーン、なにそれ?」という程度には無知です。ただ、「ジェリーズナゲットのモダンフィールは好き」くらいのことは言えます。まぁ、それくらいの程度です。従って、この本の内容の真偽や考察については、私自身の知識不足のために特にコメントできる立場にない、ということはここで書いておきます。しかし、それを差し引いても、このテーマには興味がそそられるものがありました。というのも、この本には、単に物理的なコレクションの紹介で終始せず、時代背景や文化的側面からの分析、考察も含まれていたからです。それゆえに面白い一冊になっていたと私は思います。
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ニッチなテーマながらも、可能な限り史料にあたった力作
デックは、マジシャンとは切っても切り離せない存在です。とはいえ、基本はマジック史といえば、マジシャンの人生そのものや、演技、トリックに注目されることがほとんどです。マジシャンが使う小道具に過ぎない「デック」というものをテーマに本を書く、というのは、さすがにニッチすぎるわけです。
また、このテーマを探究するための一次史料は、トランプ自体やトランプが描かれている絵画・写真、書物に限られます。ただ、該当する史料は当然ながら少ない(苦笑)そんな厳しい環境下で、著者の和泉さんは可能な限り史料にあたり、いろいろな事実を私達読者に伝えてくれます。
例えば、「フラリッシュ」という言葉が1950年代から存在していたことが『奇術研究』によって明らかにされていたり、TAMC(日本初のアマチュアマジシャンズ倶楽部)の会報をもとに戦時中のカード事情を示してくれたりします。これらの史料を可能な限り活用している点は、非常に信頼性が高く、読んでいて好感が持てました!
しかしながら、やはり前述の通り史料は限定的にならざるを得ません。従って、このテーマはオーラル・ヒストリーに頼らざるを得ない部分もあります。特に、近代日本におけるトランプの様子については、マジックランドのトンさんをはじめとするシニアなマジシャンたちの記憶や口述に依拠するところが多くなっています。これは仕方ない部分ではありますが、それが本の価値を下げるようなものではないと考えています。
但し、この本の信頼性を大きく毀損する可能性があるのもこの部分であり、学問的見地から論ずる場合にはツッコミどころはあるかもしれません。ですが、まぁ、この本はそういう本ではなく、エンタメ要素の強い本でもあるので、私は問題ないと感じました。
フルカラーの美麗スキャンで、読みやすい一冊
本のタイトルやテーマからは、研究書や論文のような硬いイメージを想像されるかもしれませんが、実際はそうではないことも強調しておきたいところです。全編フルカラー印刷で、文章自体も全体を通して読みやすく、堅苦しさはなく、スルスルと読めます。
特に、巻末のバイスクルのスキャン一覧は圧巻です!しかも、ただスキャンをしているだけではないところも素晴らしいのです。バイスクルの歴史は、過去の海外コレクターがまとめており、当時小冊子を発行しているのですが、そちらにて誤りがあったことを指摘し、最新版の正しいフルカラースキャンが掲載されています。美しく、見ているだけで楽しめます。2000年以降に手品を始めた方々は、USPC社が復刻版の過去デザインデックを出しているので、見覚えのあるものもあるかもしれません。
カードや史料を集め、世界中の研究家・蒐集家と連絡を取り合い、そこからこの本を書いた苦労は想像に難くありません。相当な労作だと言えます。著者の和泉さんが、もっと書きたいことがあったことも容易に想像できます。(たぶん、ここに収まらないネタが、『誰得奇術研究』に入っていくんでしょう。)
和泉さん、本当にお疲れ様でした&こんな本を日本語で出してくれてありがとうございます。面白かった~!
トリックの解説はもちろんひとつもありません。ただ、いつもあなたがその手に持っているデックが、どういう歴史をたどり、どういう進化を遂げてきたのかについて、一度くらいは往時の景色やマジシャンに思いを馳せながら学んでみてはいかがでしょうか?
※なお、Playfairさんのwebサイト上で、正誤表が掲載されています。この本のテーマとしては結構critialとも言える年代の修正なども入っているので、ぜひ確認することをオススメします!
▼印刷所から届いた本の山を開封する和泉さんの様子が以下のyoutubeから見られるようです。笑
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