Review#17:ユージン・バーガー マジック・コレクション(Eugene Burger, Richard Kaufman)
いやぁ、面白かった!そして、少し値は張りますが、原著でなくこの日本語版で読む意味がありました。
前提として、私はユージン・バーガー氏の著作は(英語でも)読んだことなく、パフォーマンス映像はスクリプト・マヌーヴァから出ているDVDを少し見た程度。コンベンションにおいてショーは拝見したことがありました。ビザーマジック自体は学んだことも見たこともほぼない、という背景です。そんなユージン・バーガー初心者の私にとっても、バーガー氏の思想や彼の演技のブラッシュアップの仕方、それらが学べるものでした。
冒頭で、今回の日本語版で読む価値があった、ということをお伝えしました。その理由が今回の最大のおすすめポイントです。
この『ユージン・バーガー マジック・コレクション』は特定の1冊を底本としたのではなく、Kaufman&Companyから発行された本4冊をベースに、作品をピックアップし並べ直した、いわば総集編のようなものとなっています。そして、その作品のピックアップと掲載順が、本当に素晴らしかった!
まず、ユージン・バーガー氏のSignature Pieceから、マイナーな作品、ホッピングでやるようなクイックなトリックまで現象自体は幅広いものをピックアップされておりバラエティが充実しています。そして、「同一現象だけれども演出が異なるもの」を異なる底本から掲載してあることにより、バーガー氏の中での作品の変化の様子がわかるようになっています。さらにそこにバーガー氏本人による2000年時点での追記、そして訳注による「晩年のレクチャーではこう演じていた」、という補足などが充実しています。これらが充実していて、面白かった。
例えば、「奇妙な儀式(A Bizarre Ritual)」と「燃えたカード(The Burned Card)」という作品は基本的な現象は同じですが、道具立てが異なります。それが連続して掲載されているので読者としては変化がとてもわかりやすい。原著で読んでいると掲載されている本も違うので同一現象の演出差分を理解するためにいちいち原典を当たるのは結構しんどいはず。
※A Bizarre Ritualは"The Experience of Magic"より。The Burned Cardは"Mastering the Art of Magic"より抜粋。
なお、注意点としては、「著作5冊から選りすぐった…」と東京堂出版の紹介ページにはありますが、実際は4冊から、というところです。あとがきにも記載されていますが、”Strange Ceremonies”についてはビザーマジックがメインということで掲載を見送ったとのこと。ビザーマジックを求める方は要注意です。
以下の4冊が底本になっており、"Mastering the Art of Magic"からの抜粋が最も数としては多くなっています。
Spirit Theater (1986)
The Performance of Close-Up Magic (1987)
The Experience of Magic (1989)
Mastering the Art of Magic (2000)
そういった本の成り立ちもあり、掲載順が結構大事なので、つまみ食いするよりは、最初から順番に通読していく方が良いです。掲載作品選びはRichard Kaufman氏、Jamy Ian Swiss氏の助言によるものとのこと。グッジョブだ…
あと、エッセイは全般的に辛辣なのですが、アマチュアマジシャンとして耳が痛いなぁと思いながらも、痛快な内容であることも良かった理由です。あのイケボで私も罵られたい。
あなた自身のマジックを見つけよう、という一貫したメッセージ
全体を通してのメッセージは一貫しています。あなた自身のマジックを見つけること。手法が大事なのではない、ということです。冒頭のエッセイにはじまり、最後のエッセイでもそれが強調されます(というか、そうなるように、今回の日本語版にあたって並び替えてくれています。)
そして、「Framing(額装)」という表現を使って、単なるトリックをどのように演出していくか、ということについて常に模索し続けた様子が伝わってきます。手法や基本的な現象が同じでも、バーガー氏の中での変遷がわかるようになっていて、演出が変わった理由や創作経緯がしっかりと語られます。ちなみに歯の治療をして歯で糸を噛み切れなくなったのでジプシースレッドの演出を変更せざるを得なくなった、とか、そういう事情もあって笑いました(笑)
この本で紹介される手品の手法は、クラシックなものであり、ものによってはマジシャンの多くがばかにするような市販のお化けハンカチまで出てきます。そういう意味では、新しい手法を求めているような人にはこの本はオススメしません。ですが、それをいかに演技としてブラッシュアップしていったか、その過程とその時点での結論をケーススタディとして学ぶことができます。(バーガー氏も書いていますが、)そのまま読者が演じるのは厳しいだろうと感じるし、そこから自分なりの演技がどんなものなのか、と考えるきっかけにすることが大事だな、と思いました。
現象選びが興味深い
彼のマジックの現象は比較的クイックに終わる一方で、かなりインパクトが大きい。幽霊や呪いの仕業としたりすることで、現象や動作の理由付けを深く考えさせないようにして、現象までストレートに行きつく印象を受けました。演出にはこだわる一方、現象の理由付けは結構、無茶してるなという感想。例えば、コーナーインザグラスという作品では、観客がサインしたカードをデックに戻してグラスの上にデックを置いて叩くと、なぜかカードの破れた破片がデックから落ちてきます。この現象に理由や意味はなく、なぜか不思議なことが起きてなぜかカードも当たっている、というものですが、インパクトは大きい。その意味で現象のチョイスも勉強になりました。なお、「チップをもらう」とか「次回以降の仕事につなげる」とかをかなり意識してマジックを構成している作品が目立ったのは意外でした。結構、堅実派なんですよね。
あと個人的に面白かったのは、”Spirit Theater”が底本の部分の、オカルト・降霊術系の現象とそのパフォーマンスについての記載でした。私自身はHauntingsに関しては何一つ学んだことがなかったので、手触り感あるノウハウ、Tipsが詰まっていて、ただただ知的に面白かったし、自分も体験したくなりました。暗室の作り方とかそんな細かいところまで掲載されています。ちなみに知識がなさすぎて、Hauntingsの裏側がこんな単純な仕掛けだななんて!とちょっとがっかりしたところもあります(笑)
彼自身がマジシャンなのか、降霊術ができる人なのか、なんかそこらへんの演技のスタンスみたいなものは、おそらくTPOによって変えてるっぽいのですが、そのあたりはこの本では明示的には語られていません(たぶん)。例えば本当に幽霊や呪いの仕業とするなら、それを本当に信じ込んでもらえる信頼を積み上げていく必要があるわけですが、そのあたりは本からは読み取れませんでした。(最低限、Spirit Theater底本の部分からのエッセイや演技などでは、脚本を書くことについてはしっかり触れられていますが。)プレゼンテーションやストーリーテリングのより深く詳しい部分は別の本や映像で学ぶのがよいのかもしれません。
細かな気になるところが本としてないわけではない(各々のトリックがどの本から取ってきた、のような出典が記載なしとか、日本語とか)のですが、それらの点以上に「編集」の力によって、独学しやすく、学びの果実の多い本になっていることは間違いありません。私のようにユージンバーガー初学者にとってもとっつきやすく、かといって軽すぎない、とても良い本でした。原著やKaufman以外のところから出てるバーガー氏の本も読みたくなりました。
ひとつひとつのトリックやエッセイへのコメントは(手元のメモには残したのですが)今回はレビューには敢えて載せません。トリックやエッセイの掲載順がこの本の価値でもあり良いところでもあるので、気になった方はぜひ一読することをオススメします。
Rest in Peace, Eugene-san.
P.S.1
日本語字幕付き映像は「グルメ」というDVDには本著でも紹介されている作品も多数演技されています。
P.S.2
Derren Brownの追悼文が素晴らしいのでご紹介しておきます。