第六章:Megatrend 2040「エネルギーサービス」
Megatrend シリーズでは、今後日本がどうなっていくのか?というテーマのもと、高齢化や労働力不足といった人口動態、量子コンピューティングや AI といった技術など、先行きが比較的予見可能なメガトレンドをベースに、9つの産業領域に関する未来洞察を行います。
第六章となる今回は、Megatrend における「エネルギーサービス」を考察していきます。
クリーンエネルギーに対する消費者意識の変化により、脱炭素が企業の事業継続性や競争優位性の構築・維持に直結する時代になりつつあるなかで、新しい技術を活用したクリーンエネルギーがこれらの課題解決につながる可能性、また社会に与える中長期の影響を探ります。
社会が抱える課題
化石資源への依存
世界のエネルギー消費は、主に化石燃料(石炭・石油・天然ガス)によって賄われています。その中でクリーンエネルギーが占める比率は微々たるもので、ほとんどを化石資源に依存しているのが実情です。
これまで生産コストの低い「在来型」の石油が主に生産されてきましたが、実は「非在来型」の石油が化石燃料の埋蔵量のうち大きな割合を占めています。
しかし、「非在来型」の石油は生産コストが非常に高いことから、中東を中心とした在来型の石油に依存していました。ところが、2010年頃からアメリカでシェールガスの発見や掘削技術のイノベーションによって、「非在来型」の石油を低コストで生産できるようになりました。
これによって、既存の油田や北極圏の在来型油田、さらにシェールガスをはじめとした「非在来型」の石油を合わせると、化石燃料の枯渇は当分起こりそうもないという楽観的な展望を示す専門家もいます。一方で、「非在来型」の生産コストは依然として「在来型」に比べて高く、「非在来型」の石油の生産量の増加は今後の技術革新の成果にかかっていると言えます。
地政学的リスクの高まり
技術革新に加えて、化石燃料には地政学的リスクが避けては通れない問題となります。
エネルギーは世界の特定地域に偏在する傾向にあり、その埋蔵量にも限りがあるため、資源の獲得を巡って国家間の利害が対立したり、またその地域の政情などによって、資源の価格や供給量が大きく左右されます。
2023年2月にはロシアによるウクライナ侵攻を機に、欧州がロシアからの原油の輸入禁止措置をとったことで、エネルギー供給が不安定化し、エネルギー価格が高騰したことでエネルギー市場が影響を受けました。特に天然ガスの埋蔵量はロシアが世界第一位だったことから、輸出停止により EU でのエネルギー価格、ひいては日本でも天然ガス価格が上昇しました。直近の円安などの要因も踏まえて、2024年時点でもエネルギー価格は高く、日本は今後も価格高騰などのリスクにさらされ続けると考えられます。
日本のエネルギー自給率は2021年時点で13.3%で、G7 で最も低い位置付けになっています。エネルギー調達先の多様化、自国内で一次エネルギーを確保するための対策検討など、常に地政学的な視点からリスク分散を考える必要があります。
拡大するクリーンエネルギーの課題
限りある埋蔵量に加えて不確実性の高い化石燃料に依存したエネルギー生産体制から脱却すべく、近年クリーンエネルギーや原子力に対して期待が高まっています。しかし、クリーンエネルギーへの代替が顕著に進んでいるとは言えないのが現状です。
その理由の一つとして、生産コストの高さが挙げられます。再生可能エネルギーの変換効率は、水力発電が約80%であることを除き、火力発電は約40%、それ以外は10-30%と低いことが特徴で、これがコスト増の原因になっています。
海外では、再生可能エネルギーの発電コストは年々低減し、コスト面で競争力のある電源となり始めていますが、日本においてはコスト削減への取り組みは進んでいないのが現状です。
経済産業省のエネルギー白書によると、諸外国では再生エネルギー価格が10円/kWh をきる水準となっている国もある一方で、日本における買取価格は太陽光13円/kWh、風力19円/kWh と国際水準と比較して発電コストが高い状況です。また、非住宅向け太陽光発電システムの費用には2倍近くの差があります。発電コストは、地形、日照条件、風の吹き方、発電設備の設置にかかる人件費など条件が国によって異なるため、日本ならではの取り組みを模索することが必要になっています。
また原子力については、欧州各国で稼働延長・再稼働・新設の動きが見られており、フランスでは2022年2月10日に最大14基の原子炉建設計画を発表しています。
約70%を化石燃料による火力発電に頼っている日本においても、2023年には2030年度電源構成に占める原子力比率を20-22%にすることが基本方針として決まりました。しかし、原子力発電もさまざまな課題を抱えています。
原発を新しく建設すれば、火力発電よりも低コストで運用することができますが、問題は原発の廃炉コストです。寿命がきた原子炉の廃炉処理には莫大な費用と期間がかかるだけでなく、燃料となるウランの再処理の技術が重要となり、原発運用の安全性に加え、再処理の技術革新の必要性が説かれています。
昨今の動き
クリーンエネルギーの需要増大と原子力発電の動向
米国エネルギー情報局が発表した2020年のデータによると、アメリカにおいて再生可能エネルギーが原子力・石炭による発電量を抜くという著しい変化が見られました。また、2022年には欧州連合(EU)で風力や太陽光など再生可能エネルギーの発電量が、天然ガスの発電量を初めて抜いています。このように、依然として化石燃料に依存していた発電体制から、徐々にクリーンエネルギーへのシフトが見受けられるようになってきました。
こうした背景から、クリーンエネルギーの消費増大の促進を目下のエネルギー戦略として掲げる動きが増えています。国際エネルギー機関(IEA)が2022年6月に発表した特別報告書では、「2050年実質ゼロ排出シナリオ」を達成するためには、2020年-2050年の間に原子力発電が倍増し、原子力を活用しようとするすベての国で新規建設が必要となる」としています。
また、日本でも、原子力発電は安価で安定性が高く需給バランスを維持できることから、クリーンエネルギーのトランジション期にベース電源とされる見込みです。2023年2月に閣議決定された「グリーントランスフォーメーション(GX)実現に向けた基本方針」のなかで、原子力については、東京電力福島第一原発発電所の反省と教訓を一時も忘れることなく、安全性を大前提にしたエネルギー基本計画を踏まえて原子力を活用していくことが表明されています。
諸国協調への歩み
社会全体がクリーンエネルギーへ移行するために、重要鉱物がますます重要になっています。そのためには、電力を動力源とする EV車の蓄電池に使われるリチウム、ニッケル、コバルトの他、風力発電のモーターに使うネオジムなど重要鉱物が欠かせません。国際エネルギー機関(IEA)の報告によれば、2022年の主要な重要鉱物の市場規模は、5年前の2倍の約45兆円に拡大しています。
脱炭素に向けた多くの重要鉱物のサプライチェーンが一部の国に依存していることから、2023年の G7サミットでは CO2排出ゼロのシナリオの実現に向けて G7全体で約1兆7000億円規模を拠出し、重要鉱物の供給網の整備や、リサイクルなど各国が協力する行動計画がまとめられました。
未来に起こりうる可能性
核融合への期待の高まり
米英仏が核融合開発を牽引する中、2022年12月、米エネルギー省は核融合技術で将来の基幹エネルギーと期待される核融合発電に関して投入量以上のエネルギー生成に成功したことを発表しました。
ウランのような重たい原子核に中性子をあてて「核分裂」させることで大きなエネルギーを取り出す原子力発電に対して、核融合とは、逆に水素のような軽い原子核を高温でぶつけてヘリウムのような少し重い原子核に変える際に大きなエネルギーを取り出す発電方法です。
2023年5月には、米核融合スタートアップのHelion Energy(ヘリオン・エナジー)が、2028年までに核融合発電を実用化し、その電力をマイクロソフトに供給することを目指しています。Helion Energy社は、2013年に創業したスタートアップで、核融合発電の実現に向けて開発を進めています。OpenAI社のサム・アルトマンCEO からも出資を受けており、マイクロソフトとの電力供給の契約は、「世界初の核融合発電によるエネルギー購入契約」として注目を集めました。
日本でも、2023年5月に京都大学発の核融合スタートアップの京都フージョニアリングが国内の同分野で最大規模となる累計137.4億円の資金調達を発表するなど、研究開発や産業化に向けた取り組みが進んでいます。高度人材の流入と官民での共同開発により、核融合技術開発は今後さらに活発化していくことが見込まれます。
データ処理に係る電力消費量増加
情報化社会の到来によって大量に増加したデータの処理にも莫大な電力が消費されており、データ処理に必要な電力消費への対応も将来直面する課題といえます。
米国Yale Environement 360 によれば、データセンターの電力消費量は世界の電力の2%以上を消費し、航空業界と同量の CO2 を排出しています。世界のデータトラフィックが4年ごとに2倍以上に増加していることからも電力消費のさらなる増加が予測されます。
また、国立研究開発法人科学技術振興機構の調査から、日本のデータセンターにおける消費電力は日本全体の消費電力量の約1.5%を占めており、こちらも今後増加することが見込まれます。
データ量と共にその処理コストは膨大になるため、データ処理は冷却可能かつ電力価格に優位のある地域に偏ることが見込まれます。無作為なデータ蓄積からの脱却への備えが必要となってくる可能性があります。
次回
今回は「エネルギーサービス」をテーマに、各国の Co2排出量削減に向けた動きが活発化し、また地政学的リスクの深刻化によりクリーンエネルギーへの転換がグローバルで地続きのテーマとして市場が形成される中で、近年の諸国協調への歩みや次世代エネルギーとしての核融合や再生可能エネルギーの開発による対応が進んでいく可能性を探りました。
次回は Megatrend における「メタバース」を考察していきます。メタバースの構成する技術要素の進化に伴いさらに BtoB、BtoC ともに市場が拡大しつつあるなかで、産業の成長に障壁となりうる法的ルールやインフラ基盤を考察し、産業に与える中長期の影響を探ります。