第五章:Megatrend 2040「物流」
「Megatrend 2040」 シリーズでは、今後日本がどうなっていくのか?というテーマのもと、高齢化や労働力不足といった人口動態、量子コンピューティングや AI といった技術など、先行きが比較的予見可能なメガトレンドをベースに、9つの産業領域に関する未来洞察を行います。
第五章となる今回は、Megatrend における「物流」を考察していきます。
地政学的リスクの高まりや EC化による消費ニーズの変化による物流の複雑化、加えて今後労働供給に制約がかかっていくことが見込まれるなかで、自動化と物流の可視性の高まりが持続可能な物流システムの構築を支えていく可能性を探ります。
物流を取り巻く環境の変化
地政学的リスクの拡大によるサプライチェーンの混乱
これまで世界的な経済関係の強化や貿易・投資などの自由化の潮流のなかで、EPA(経済連携協定) や FTA(自由貿易協定) などの貿易障壁の撤廃が進んできました。このプロセスにおいて、遠距離輸送費用の削減やグローバル・バリュー・チェーン(GVC)の確立なども進み、企業はより低コストな国外エリアに生産拠点を設立したり、調達元を変更しながらコストメリットを享受してきました。
しかし、サプライチェーンが国境を跨いだものになり、世界貿易の伸びを加速させてきた一方で、近年安定的なサプライチェーンを阻害する地政学的リスクが拡大しています。
例えば、新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、2022年3月〜6月初旬に中国の上海でロックダウンが実施された際は、日本を含め多くのグローバル企業が工場の稼働停止や輸出入の停止などの影響を受けました。事実、内閣府の公表によると、上海のロックダウンが実施された 2022年の 4月・5月には、自動車部品や半導体などの鉱工業生産は前月比 -1.5%、-7.5%と大幅に減少したことが示されています。また、ロックダウン解除後も約半数の企業が「マイナスの影響が続いている」と、東京商工リサーチの調査に回答しています。
特に、このサプライチェーンの問題を加速させているのが、安全保障を背景とした各国の対立です。この対立によるサプライチェーンの混乱は世界各地で起きています。
例えば、米中における競争激化、対立は貿易摩擦や先端技術の輸出規制、投資規制などにも及び、その影響は広範囲に拡大し続けています。米国のバイデン政権では、対中国を意識した経済安全保障のためのフレンド・ショアリングを進める動きも強まっていて、同盟国や友好国など近しい関係にある国に限定したサプライチェーンを構築するなど、サプライチェーンの見直しも進んでいます。
また、ロシアによるウクライナ侵攻では、欧米諸国は国際的な決済ネットワーク SWIFT からのロシアの排除やロシア中央銀行の資産凍結などの金融制裁、半導体などの先端技術の輸出禁止・制限などを実施してきました。対するロシアの報復措置により、工業品や原材料の供給停滞、ロシア領空の飛行制限による物流の寸断などが発生していて、サプライチェーンに大きな影響を及ぼしています。
直近のイスラエルとパレスチナの紛争では、今後地中海からインド洋をつなぐ物流ルートが不安定化し、航路の物流リードタイムの延長や物流費の高騰につながる懸念が示されています。この紛争が中東情勢をさらに悪化させていくことで、次のオイルショックを招く可能性もあります。
こうした地政学的リスクの拡大は日本企業にも影響を及ぼしています。帝国データバンクが公開した「国内回帰・国産回帰に関する企業の動向調査(2023)」では、有効回答企業 1万1,680社のうち、生産拠点などの海外から国内への回帰、多様化や国産品への変更などに関して「対策を実施/検討している」企業は 12.0%あります。
また、調査対象となった海外調達または輸入品の利用をしている国内企業 3507社のうち、24.6%(約4社に 1社)が「生産や調達の国内回帰または国産品への変更」を検討していることが分かっており、国内企業にも地政学的リスクの影響が波及していることが伺えます。
消費者のニーズ変化による物流の複雑化・高度化
コロナ禍の EC需要拡大に伴う消費の多様化により、物流の仕組みはこれまで以上に複雑化・高度化しています。
例えば、製造業などの多くの産業では、顧客ニーズの多様化に対応した多品種少量生産モデルを採用する企業が増えてきています。特に、ECサイトでのネットショッピングや SNS での口コミを参考にした消費行動が増えるなかで、自動車や食品、アパレル業界を中心に多品種少量生産モデルが取り入れられています。
よく知られる多品種少量生産モデルとして「トヨタ生産方式」があります。生産量が少ない状況においても、ムダを排除し、効率的に製品を生産していく考え方です。
ほかにも小売業では、消費者のオンライン購買の拡大に伴い、各社が顧客体験向上のために即日配送や配達日時の指定ができるようにするなど、配送品質が競争力になりつつあります。しかし、この潮流は運送ドライバーのさらなる負担につながる可能性があり、ニーズを満たしながら効率性を担保していく高度なオペレーションの設計が欠かせない状況となっています。
物流現場の疲弊に起因する物流の停滞
国土交通省が公開した調査結果「宅配便取扱個数の推移」によると、宅配便の取り扱い個数は年々増加傾向にあることがわかります。加えて、ECサイトの市場規模の拡大や消費行動の変化による物流量の増加、再配達によるドライバーの負担増加、人手不足が問題となっていて、物流を取り巻く環境は徐々に深刻化しています。
また、人手不足などの問題を抱える物流の現場では、低賃金・長時間労働などの過酷な労働環境が常態化していることなどが要因となり、若年層の雇用が拡大せず現場の高齢化が進んでいます。国土交通省の資料によると、道路貨物運送業就業者のうち、就業者全体に占める若年就業者の割合は全産業平均と比べて低いことがわかっています。
こうした物流の現場の労働環境の改善及び人手不足の解消に向けて、今年(2024年)の 4月からは、働き方改革法案によりドライバーの時間外労働時間に年間960時間の上限規制が設けられています。長時間労働の低減が期待できますが、一人当たりの走行距離が短くなり、長距離でモノが運べなくなることが懸念されていて、今後「物流の停滞」が深刻化する可能性もあります。
今後は、リソース面や技術面でのブレークスルーがない限り現状の品質とコストで物流サービスを維持することは難しくなると予測されるため、物流現場のオペレーションやサービスレベルの見直しを強いられる可能性があります。
物流を可視化・自動化するテクノロジーの活用
先述の地政学的リスクや消費ニーズの変化、物流の人手不足などの複合的な要因から、サプライチェーンも高度化・複雑化してきています。結果、需要変動を正確に予測し、変動する需要に応じて在庫や供給量を調整することは、ますます難しくなっています。
この潮流において多くのサプライチェーンでは、コスト増大や欠品による機会損失といった課題に直面しています。従来のサプライチェーンでは、工場や倉庫、店舗といった拠点、 生産や調達といった各部門の KPI をもとに、いわば個別最適化が図られるのが一般的であり、複雑化したサプライチェーンの検証や拠点間の調整などは、 もはや人手による作業だけでは対応できない状況になりつつあります。
そこで、現在テクノロジーを用いてサプライチェーンの自動化及び全体最適化を推進する動きが活発化しています。
デジタルツインによるサプライチェーンの可視化
最近では人手のかかるサプライチェーンの分析においても、AI をはじめとしたデジタル技術の活用が進んでいます。例えば、生産・調達・輸送能力、納期、コストなどを踏まえたデジタルシミュレーションを駆使して、変化対応力を上げていく取り組みなどが挙げられます。
Googleでは、クラウドコンピューティングの強みや地図アプリ「Google Map」を通じたリアルタイムの物流データへのアクセスを活かし、AI による配送ルートの最適化や現実世界を仮想空間で再現するデジタルツイン技術を使ったサプライチェーンのシミュレーションなど、物流支援ツールの開発・提供に力を入れています。
また、需要予測に関連して、伊藤忠商事では在庫、入出荷、売上、発注、天候、カレンダーなどのデータを使った機械学習による需要予測を行っていて、在庫数 3割減、発注業務量 5割減などの成果を実現しています。
ロボットを活用したラストワンマイルの自動化
物流領域の自動化で特に難易度が高いとされているのが、最終拠点からエンドユーザーに届けるまでの「ラストワンマイル」と呼ばれる物流です。先述の人手不足や再配達などの課題、特に EC利用者数の急増による宅配取扱量が増大していることから、ドライバーが不足するラストワンマイルの配送現場では逼迫した状況が続いています。
しかし、最近ではラストワンマイル問題をテクノロジーで解決する動きが強まっていて、従来の人による配送だけでなく、自動走行ロボットやドローンでの配送など、テクノロジーを活用したサービスの実用化が進んでいます。
例えば、米国カリフォルニア州では、アプリで注文すると自宅やオフィスまで自動で配送してくれるロボットが活用されています。米スタートアップの Starship Technologies では、センサーで周囲の状況を認識し、人を避けたり、赤信号で止まったりしながら歩道を走行して目的地まで移動する「Starship Robots」を提供しています。
日本国内においても、自動配送ロボットを集合住宅や市街地、商業施設、工業地帯などで走行させる実証実験が行われています。法律の整備も進んでいて、2023年4月には、改正道路交通法が施行されました。同改正では、自動配送ロボットの公道走行が解禁され、自動配送ロボットは「遠隔操作型小型車」として自転車や自動車などの日常的に使用される車両のラインアップの 1つに位置付けられました。
例えば、パナソニックは店舗から住宅への配送サービスの実証実験や、茨城県つくば市では楽天グループなどと共同で日用品を配送するサービスなどの実証実験を行っていて、今年(2024年)4月には、自動搬送ロボット「ハコボ」と遠隔運用サービスを活用し、佐賀市の SAGAサンライズパーク周辺での自動走行を開始することを発表しています。
市場の拡大も見込まれていて、矢野経済研究所の調査によると、2022年度のラストワンマイル物流の市場規模は前年度比で 105%の 2兆9,110億円と推計されています。加えて、荷物の小口化や配送頻度の増加、人件費や燃料費の高騰による物流コストの上昇などを背景に、2030年度の市場規模は 4兆円規模に成長すると予測されています。
システムが主体となる自動運転の進展
慢性的な物流現場の人材不足や宅配需要の増加に対する手段として、自動運転技術による配送の「無人化」が注目されています。物流における自動運転は、主に高速道路を主体とする長距離輸送型や配送拠点や店舗などを回る中距離輸送型、宅配を中心としたラストマイル型に分けることができます。
特に長距離輸送では、高速道路で有人の先頭車両と連携する形で無人の後続車両が走行する後続車無人隊列走行の開発が進められています。例えば、三井物産とディープラーニングによる AI などの技術開発を手がけるベンチャー企業 Preferred Networks の合弁会社の株式会社T2では、高速道路区間を無人運転で走行することにより幹線輸送の自動化を図る、自動運転レベル4の幹線輸送サービスの提供を目指しています。
自動運転レベルは、米国の自動車技術会(SAE)が示した 6段階の基準が主流となっていますが、国土交通省によると、自動運転のレベル分けは以下の図のようになっています。
例えば、レベル5では常にシステムが全ての運転タスクを担い、レベル2とレベル3を境に運転の主体が人からシステムに変わることが特徴です。物流サービスにおけるレベル4は高速道路でのトラックの自動運転を指しています。国土交通省によると、「官民ITS構想・ロードマップ」では、このレベル4のサービス実現を 2025年以降に目指すとしています。
また、2020年4月の道路交通法と道路運送車両法の改正に伴い、日本では既に自動運転レベル3の車両の公道走行が解禁されていて、レベル3のシステムを市販化モデルに搭載できるようになりました。
この法改正を背景に、2021年3月にはホンダが世界で初めてのレベル3の搭載車両として、高速道路渋滞時に自動運転を可能にする「トラフィックジャムパイロット」を搭載した新型LEGEND を発売しました。
移動サービスの分野では、米Waymo がレベル4にあたる「完全無人」の自動運転タクシーのサービス「Waymo One」を米アリゾナ州フェニックスで提供しています。
日本でも、DeNA と日産がレベル4技術を搭載した自動運転タクシーによる新しい交通サービス「Easy Ride」の実証実験を進めています。政府の自動運転を見据えたロードマップにおいても、無人の自動運転移動サービスは無人の自動運転配送サービスへの足掛りにもなっているため、今後の実用化が期待されます。
サプライチェーンの強化・再構築が進む可能性
不確実性に対処できるサプライチェーンの強靭化
コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻、米中対立などの地政学的リスクの拡大により、物流ルートの変更や遅延、物流・生産に係るコストなどに悪影響を及ぼしている現状から、現在のサプライチェーンがもつ脆弱さの側面が浮かび上がることになりました。
問題は、こうした地政学的リスクは事前の予測が難しいことにあります。つまり、地政学的リスクが発生するかどうかといった蓋然性の評価が難しく、企業が対処するべきリスクの特定が困難であったり、またリスクの影響範囲を見極める困難さもあります。
結果、企業も事後対応に陥りやすい特徴があります。例えば、ロシアによるウクライナ侵攻の際には、現地に拠点を設けている企業が従業員の退避や拠点封鎖の対応に迫られ、直接的に拠点を設けていない企業も調達先や物流ルートの変更などの対応が求められました。
こうした背景から、平時からサプライチェーンを高度化し、強靭にすることが求められるようになると予想されます。
特に、中国のサプライチェーンに依存している傾向の強い日系メーカーでは、米中経済のデカップリングとそれに伴うブロック経済圏の形成や台湾有事のリスクが顕在化しつつあることから、リスク分散や単一障害点の解消に努める必要性が高まっています。
一部の企業では、地政学的リスクに対応する部門を設置したり、調達・製造機能のポートフォリオをグローバルで再配分し、サプライチェーンの強靭化を図る動きが出てきています。ただ、経営層と現場のリスクに対する評価のギャップや部門間での利害相反が起き、プロジェクトの推進が困難になる懸念もあります。
例えば、ダイキン工業株式会社は、経営基盤強化の重点戦略を策定しています。同戦略では、部品在庫の積み増しをはじめとして、サプライヤーへの BCM(事業継続マネジメント)対応の要求、部品内製化、中国国外の工場新設などの将来的なリスク自体を低減する取り組みを進めていて、有事には中国製部品に頼らずとも製造を継続できることを目指しています。
全ての地政学的リスクを予期し、対策を立てることは蓋然性の問題等から困難であるため、先述のデジタルツインなどの先端技術を用いたサプライチェーン分析によるリスクの特定・評価を進め、自社にとって重要性の高いサプライチェーンや地政学的リスクを特定することが今後求められます。また経営層による強い意思決定が多くの企業で求められるようになると考えられます。
動脈と静脈が循環するサプライチェーンの再構築
デジタルを用いてサプライチェーンを可視化することが可能となったことで、それを元に動脈物流(原材料を調達し、商品を製造して、エンドユーザーに提供する一連の流れに伴う物流)だけでなく、静脈物流(返品商品や、輸送段階で発生する包装資材など、廃品の回収に伴う物流)も含めて、循環を意識した形でサプライチェーンを再構築する必要性が問われていくことになると予想できます。
現時点では、静脈物流は安全性を確保するための排ガス処理等の設備などのに課題があり、動脈物流と比べて効率が悪い傾向にあります。今後は、サーキュラーエコノミーの拡大を目指した静脈物流におけるデジタル化やサプライチェーン全体の最適化に向けて、企業間の連携や先端技術の開発・導入が期待されます。
次回
今回は、サプライチェーンを揺るがす地政学的リスクや消費者ニーズの変化、物流現場の疲弊などの物流を取り巻く環境変化を掘り下げながら、サプライチェーンの可視性を高め、自動化により物流の課題を解消するテクノロジーの登場、また今後のサプライチェーンのあり方の変化を考察してきました。
次回は「ファイナンス」を考察していきます。規制緩和による非金融プレイヤーの新規参入やモバイル決済の利用意向の拡大を背景にキャッシュレス化が浸透しつつあるなかで、暗号解読の脅威やファイナンス手段がさらに多様化・実用化していく可能性を探ります。