第五章:日本で起こりうる変化
これまでの章では AI の技術的要素をはじめ、顧客と企業との接点がよりデジタル、また顧客主体のものに変化していくこと、この流れを促進し、BtoB企業の中核となりうる最先端のテクノロジー動向を米国を中心に紹介してきました。
Future of Sales の最終章となる今回はこれらのトレンドをベースに日本に焦点を当てます。主に BtoBセールスそのものや営業に携わる人が今後担うべき役割がどのように変わっていくのかに触れながら、加速度を増して変化する時代に日本企業が立ち向かう術をご紹介します。
日米の違い
アメリカは国土が広く、日本と比べると東西の時差の制約もあるためオンラインでの営業が早くから実施され、セールステックの活用が促進されてきました。一方、日本は地域営業が色濃くあります。結果、会社の中でも地域毎にオペレーションが異なる場合も多いため、これまでは全社的なテクノロジーの導入を実施しても十分に活用されないといった事例が生じやすい傾向にありました。
また、米国と異なり解雇規制に関わる労働契約法第十六条により、容易に既存の人員削減ができないため、米国と比較するとテクノロジーの浸透には時間がかかると想定されます。
ただし、日本でも DX部署の立ち上げや慢性的な人手不足、コロナ禍にてリモート化の必要性が強まったことを背景に、オンラインでのテクノロジー活用や自動化への期待は高まっていると考えられます。IT に馴染みの薄い業界では活用までの速さに他業界と比べて違いはあると思いますが、全社的な IT投資の方針や予算をもつ大手企業はデジタルリテラシーが高い傾向にあり、テクノロジーの活用が早く進んでいくことが予想できます。
日本の BtoBセールスにおける4つの変化
①:ルートセールスがなくなっていく
デジタルシフトにより顧客側のセルフサーブが進み、広告と webからの情報で注文がなされる世界観になれば、購買活動が EC上で完結するようになり、外回りのルートセールスがなくなっていくことが考えられます。
セールステックの浸透により、定型業務を圧縮する流れはすでに日本でも起きていることです。加えて、第二章で述べた企業と関わる顧客体験がデジタルシフトしていること、そして企業・顧客双方のニーズが同じベクトルである以上、避けられない流れになると考えられます。
②:ABM(アカウントベースドマーケティング)
ABM は特定のターゲットを開拓するために相手を絞り、パーソナライズ化された営業活動を実施する販売戦略です。顧客単価の高い大手企業向けの攻略法として効果を期待されることが多い手法です。この手法においては、購買意思決定まで多数の関係者の稟議を経る必要がある煩雑なプロセスのなかで、さまざまなステイクホルダーと調整しながらマネジメントをします。
オンライン完結の営業が進むことで、追加発注なども一部セルフサーブ型にシフトし、ABM においても人の介在ではなく自動化が模索される可能性があります。AI の発展に伴いデジタルヒューマンが商談を進めるようになることもあるかもしれません。一方、決済に関わるキーマンの情報収集やキーマンとの商談機会の創出、既存取引先の他部署との繋がりを作るなど、企業毎に創造的にアプローチをしていく意味で営業の介在が意味を持つことになると思います。
③:THE MODEL の分業型セールス
SaaSサービスを提供する企業には「THE MODEL」と呼ばれる営業組織の分業制を敷き、「マーケティング」「インサイドセールス」「フィールドセールス」「カスタマーサクセス」など、役割毎に分かれた縦割りの組織構造をもっているケースが多いです。
今後、EC化・セルフサーブ型への進化が進めば、これらの役割も一部自動化されていく可能性があります。既に PLG(Product-Led Growth)と呼ばれるプロダクト主導型の戦略で成長した Zoom などの企業が出てきていますが、今後は「PMF までは人力で頑張り、それ以降はフリーミアムなどを含めてセルフサーブになる」といったモデルが一般化していくかもしれません。
④:代理店営業
これまで販売チャネルとして根付いていた代理店も、セルフサーブ化によるルートセールス、ABM、THE MODEL の分業型セールスの自動化・省力化でシフトしていくことが予想されます。行動量を担保する存在ではなく、Sler などプラスα の付加価値を創出できるプレイヤーのみが残っていくでしょう。
日本でも遅かれ早かれ、アメリカ同様の結論になる可能性
デジタル基盤の価値が、個々のアプリケーション以上に重要に
個々のテクノロジーが多く登場し活用検討が進めば、当然、以下の図のようなハイブリッドチャネル全体をつなぐデータ基盤が必要になります。
グローバル企業では「Revenue Ops」と呼ばれる、営業プロセスを含む全社的な業務デザインを統一する業務・専門組織が存在し、組織全体のオペレーションの管理を担っています。日本では営業部長など営業部門統括は「成果の管理」に注力しており、具体的な営業組織の業務プロセスのデザインはマーケティングやインサイドセールス、フールドセールス、カスタマーサクセスの各役割ごとの部門責任者が個々に担当しているケースが一般的です。結果、単一のデータ基盤を持っていることが少ない実態があります。
AI を自社の営業活動に最大限活用するためには、各テクノロジー・チャネルから生まれる正確なデータをリアルタイムに統合し、活用可能となっている環境整備が必要になります。データ基盤はもちろん、そのプロセスの設計者・運用者も欠かせません。また、各部門やチームでサイロ化しない、全体最適なオペレーションの構築も大切になってきます。
必要な営業組織スキルが変化
Gartner社は、BtoB における新しい営業の捉え方として、3つの観点「人」「オペレーション」「テクノロジー」で考える必要性があることを強調しています。
テクノロジーと上述のデータを統合する基盤によって、営業活動の実行やオペレーションの改善自体が進むようになれば、営業組織全体として「人間的な介在価値」を発揮する場所が変わっていく可能性があります。役割毎に考察してみましょう。
営業担当
日々の営業活動の主体はテクノロジーに代わっていき、営業担当が担う役割は顧客接点毎の個々のチャネル(テクノロジー)を管理する役割や、通常の営業プロセスでは対処できない例外的な対応、契約業務など人間が介在した方が価値を発揮する部分を行うようになると考えられます。
また、テクノロジーの管理にはそれをフル活用する知見と営業プロセスへの理解が求められるため、テクノロジーの管理と各プロセスでのコミュニケーション対応をそれぞれ異なる営業担当が専門的に担う組織構造をもつ選択肢を取ることもできるでしょう。
マネージャー
営業担当のマネジメントやコーチングに重点をおき、また可能性としてオペレーションを専門的にみる役割にシフトしていくことも考えられます。パイプライン総額と営業プロセスに責任をもち、プロセスの運用と改善を行います。
総体として、チャネル数が変わらなければ自動化により営業担当の数は減少すると考えられますが、異なるチャネルを多く活用する場合はテクノロジー活用の知見をもつ人材が相当数必要になる可能性があります。
人が引き続き重要なロールであり続ける領域は?
Gartner社は自動化される領域が拡張されても、人間の営業担当に依然として購買プロセスにおいて重要となる役割(人間関係の構築、顧客の微妙なニーズの特定、複雑な交渉の進行など)が残ると明言しています。
当社の見解としても、人間の売り手だからこそ買い手に提供できる独自の価値は残り続けると考えています。
まず、テクノロジーによって最適化された顧客ペルソナから外れた案件に関しては、営業担当が入る余地が大きいです。第二章にて購入者の高い割合において、営業担当が購買プロセスに関与しないことを好む傾向があることを言及しましたが、これは必ずしも顧客体験の質が高く満足感のあるものであることが約束されているわけではありません。
セルフサーブだけでは買い手の製品理解が難しい商材の提供、また購買層が変わるタイミングの対応の変化など、機知を働かせ介在価値を見出し作る営業担当は、よりリッチな顧客体験を提供することができると期待されます。
実際、Gartner の同調査では営業担当の関与に関係なく「購入が自分にとって正しい選択肢である」と感じられる場合には、買い手が決済規模を拡大する可能性が30%高くあり、購買プロセスに人間が関わることで買い手が納得感を感じる可能性が2.3倍高くなることが示されています。商談のスピードを上げる、提案規模の拡大といった成果は、今日の営業の世界でも優秀な営業担当に紐づく特徴ではないでしょうか。
また、人間の介在自体が顧客体験の一種として価値に昇華していくことも考えられます。例えば、Linkedin は通常の購買プロセスが自動化されたとしても、意思決定権者に人間がいる限り、コールドコールでリーチすることの価値は引き続き存在すると明言しています。
単純に考えれば、コールドコールはメールや SNS と比較してダイレクトチャネルの中で最も相手の工数を要する営業手段になります。さまざまなチャネルが今後登場すればコールドコールを行う必要はなくなりますが、ハイブリッドチャネルに跨る顧客体験を設計する中であえてその顧客接点を残し、全体をデザインすることができます。
最後に
AI を中心に変化が加速していく今後の時代において、AI を自社の営業活動に取り込み、組織を最適化していくことが競争力を確保していくうえで欠かせません。ただ、この取り組みの効用は営業プロセスを自動化することそのものではなく、あくまでより良質な顧客体験を届け、付加価値を追求することにあります。
その意味において人の介在価値がなくなることはないと考えています。AI との協業を前提に、人ならではの資質や創造性を強みとして、人が介在することで付加価値を高めることが求められるようになるでしょう。
多くの企業で、「創造性が求められる提案」に時間を使い、人間だからこそ付加価値を生み出すことができる部分に集中することで、顧客体験の質を高め、理想の営業活動を作り上げることができると思います。
Future of Sales が変化の激しい時代の営業組織のあり方を考えるきっかけになれば幸いです。