【レイキの歴史 ③林忠次郎氏】
今回は臼井甕男さんから「師範(神秘伝)」を与えられたうちの一人である林忠次郎さんの話をしていきます😊
【どんな人だったの?】
林忠次郎さんは神奈川県出身の海軍大佐だった人です😳
1925年(大正14年)に臼井さんから
レイキのアチューンメント(レイキを授かること)
を受け、師範(レイキティーチャー)になりました。
海軍を退役後、東京信濃町(今の新宿区)にレイキの診療所『林靈氣研究会』を開きました。
靈氣を日本各地、1938年にはハワイでも研修会を行い、9年間で13人のレイキ実践者(サードプラクティショナー)及び師範を育成しました✨
1940年5月11日、熱海にて急逝。享年62歳。
【現代レイキに与えた影響】
林忠次郎さんは軍医だったとの説もあり、その知見からレイキ療法に新しい技法を導入したと言われています。
臼井さんは重病人以外は座って治療していましたが、林さんはベッド方式に改め、マンツーマンの治療を複数による治療へと変えました。
また臼井さんは頭部、腹部、脊髄を重視しましたが、林さんは東洋医学による全身の経絡(生きるために必要なもの、現代で言う『代謝物質』の通り道)や、ツボ、チャクラなどのエネルギーセンターも重視しました。
そして林さんからレイキを教わった「高田はわよ」さんが、現代に残るレイキを世界中に広める役割を担うこととなります。
加えて経絡やツボ、チャクラなどのエネルギーセンターを重視する技法は今も取り入れられています。
その意味で林さんが現代レイキに与えた影響は大きく、彼なくしてレイキの存続はなかったと言えますね☺️