書籍『見えにくい、読みにくい「困った!」を解決するデザイン』の推薦
前置き
前置きとして。私は最近『Webアプリケーションアクセシビリティ』という書籍を出版しました。が、デザイン初学者や、ノンデザイナーにおいては、ぜひ先に読んでほしい本があります。それが『見えにくい、読みにくい「困った!」を解決するデザイン』なのです。
『Webアプリケーションアクセシビリティ』の共著者も「全人類にこの本を読んでほしい、自著よりも先に読んでほしい」と言っています。
ということで、あらためてこの本の推薦文をnoteに記載します。この本を読む前と読んだあとでは、自身のデザインが伝わる相手の総数が変わってきます。ぜひデスクや会社に常備してもらえればと思います。
推薦文
この本は、作り手と受け手のあいだにある障壁を取り払う第一歩であり、これからのデザインのスタンダードを示した新たな1ページです。
チラシやパンフレットを作ったり、提案資料をまとめたり、ウェブサイトを作ったりすることは、かつては一部の限られた人の仕事でした。しかし、いまでは制作環境が整い、一般化して、誰もが当たり前に「作ったものを通した発信」を行うようになりました。そして、発信者が増えることと呼応し、情報が多くの人に伝わるようにすることも、より積極的に求められる時代になりました。情報を受け取る側からの「自分が置かれている状況を理解してほしい!」という意思表明が、近頃は少しずつ増えていると感じます。情報が伝わらないことは切実な課題なのです。
しかし、制作環境があることと、多くの人に伝わるように作れることはイコールではありません。そこには4つの壁がありました。……この本が出るまでは。
① 自分と違う能力や状況をイメージするのは難しいという壁
たとえば、色の見え方が違うといっても、自分がその見え方になることはできません。画面を全く見ずにウェブサイトを使えるということを知らない人も多いでしょう。イメージできないものに意識を向けることはできません。結果として、情報がうまく伝わらない制作物が無意識のうちに生まれてしまいます。
この本では、身近に居てもまったく不思議ではない6人の登場人物が、これまではイメージが難しかったかもしれない「困った!」を教えてくれます。こうした困りごとは本当に日々起きていることなのですが、自分が我慢すればいいと考えたり、言ってもしようがないとあきらめたり、そもそも伝わってないことに気づいてなかったりして、明るみになっていなかった声なのです。
② 多くの状況で伝わるデザイン手法を知るための敷居が高いという壁
これまでは、気をつけるべきポイントをまとまった形で知るのは大変でした。デザインには、色・文字やレイアウト・言葉や文章・図解・UIなどのさまざまな要素があります。このそれぞれの要素に対して、断片的な Tips 記事や入門書、専門書が存在しており、それらの中でも「多くの人に伝わる」に関する内容は分散している状況です。結果として、全体感を理解するまではかなり道のりが長い状況でした。特に、印刷物とウェブの話はこれまで分断されていました。専門性が違うのは事実ですが、実態としては分け隔てなく同じ人が作っているというケースはよくあります。そこに答える端的なリファレンスが、これまではなかったのです。
この本では、先に挙げた「色・文字やレイアウト・言葉や文章・図解・UI」の「困った!」についてのエッセンスのみを抽出し、端的にまとめています。224ページと、気軽に読み、持ち運べるサイズです。そして、印刷物とウェブの話を分け隔てなく扱っています。コンパクトながらも、とりあえずこの1冊を見ておけばよいという安心感があります。これは絶妙なバランスです。
③ 多くの状況で伝わるデザインにするとダサくなるのでは?という思い込みの壁
多くの状況で伝わるデザインにすることには、ある種の制限が伴います。その制限だけをクローズアップすると、できないことが増える→デザインが縛られる→ダサくなる、というイメージになります。デザインに対する個別の指摘を見たり、その問題「だけ」を解消した案を見たりすることで、その思いはより強まります。後から無理やり調整させられるものに感じるからです。デザインには、狙い・演出・周囲との関係性によるバランスが重要です。それらと調和したうえでの作例がなければ、「多くの人に伝わること」と「イケてること」はトレードオフに見えてしまいます。
この本では、よく見かける低品質なデザインが、プロとしての品質を感じる「見やすく、読みやすくて、かつイケてる作例」に生まれ変わることの繰り返しで構成されています。また、この本自体のデザイン・イラスト・DTPが高品質であり「見やすく、読みやすくて、かつイケてる作例」であることも、説得力を増す要素になっています。
④ 後付け調整からの脱出が難しいという壁
前述の③で挙げたとおり、こういった分野では減点式の指摘が多く見受けられます。これでは見えない、これでは読めない、だからここを直そう。問題を理解するうえではこうしたコミュニケーションになるのは致し方ない部分はあります(この本も、部分的に抜き出せばそのようにも読めます)。しかし、それらの課題が「誰にとってどう課題なのか」や「何故そうなるのか」の理解が乏しいと、生じる課題がそれぞれバラバラのもの・個別のものだと感じ、どこで問題が出るかわからないモグラ叩きのような印象になります。結果、チェックリストのみに頼る形になって、後付けで調整する流れから抜け出せなくなります。Webアクセシビリティが「べからず集」とコーディングの話題ばかりになるのも、こうした背景によるものと感じています。個別の理解で留まることが、後付けになり、分断を生む原因なのです。
この本では、「情報を知覚する→理解する→操作する」という骨組みをベースとして、標識・チラシ・パンフレット・ポップ・スライド・ウェブサイトといったさまざまな身近な媒体の作例を挙げています。そして、登場人物がつど顔を出し、「困った!」の声とともに、誰にとっての課題で、何故そうなるのかをきちんと説明しています。この構成により、読者は、まず情報が見えないというシンプルな課題から、読みにくさやわかりにくさといった構成に関する課題に進み、そのうえで操作という複雑さを伴う応用課題へと、着実に歩みを進めることができます。その中で、媒体の違いを超えた、本質的に「困った!」を生じさせない「普遍的な良いデザイン」の在り方を学べるのです。
障壁を取り去る、不朽の名作
この分野では『ノンデザイナーズ・デザインブック』が有名ですが、私はこの『見えにくい、読みにくい「困った!」を解決するデザイン』はそれと同等の、不朽の名作になるという確信を持ちました。誰かに何かを伝えようとデザインするすべての人に、この本は力を与えてくれます。それは、デザインによって障壁を取り去るという力です。
私は、より多くの人が壁の向こう側に行ける世界であって欲しいと願い、これまでデザイナーとして活動してきました。そんな私としては、壁の向こう側に行ける世界を実現するための「ちょっとした差」とは、実はまず本書を手に取ることから始まるのでは?と感じるのです。ぜひ皆さんにも、本書を手に取ることで生じる「ちょっとした差」を感じてもらえれば嬉しく思います。
※改訂版が2024年9月24日に刊行されるため、リンクを入れ替えました