「時空を超えて出会う魂の旅」特別編~印度支那㉚~
東南アジアのある地。
出家を経て、戒名「慧光」を私は授けられ”巨大寺院”に入門。
心通う少年、「空昊(空)」、隣国の僧「碧海」と出会う。
新たな戒名「光環」を名乗り、故郷への旅に出る。
道中、空昊が口ずさむその歌に、光環は相好を崩した。
”茜さす夜に 蒼い、蒼い、月 稲穂に満ちよ、月の光”
光環の故郷に伝わる、子守歌。
空昊は、魂惹かれること以外、物事を覚えない。
この歌は、彼に響くものであるのだろう。
故郷を発って、何日か経っていた。
光環はこの歌を聴くたびに、茉莉や故郷の人々を思い出した。
色々なことがあった、故郷への旅。
それでも、この経験ができてよかったと、光環は思っていた。
闇夜に紛れて身一つ、逃げるように故郷を発ったことを
長い間後悔していたのだと、光環は気づいた。
朝陽の輝きの中、茉莉達からの食べ物などを両手一杯に持ち、
先導の僧の後を空昊と二人、村中の人々に見送られて出立した。
そのような故郷からの旅立ちを、自分は望んでいたのだ。
同じ距離を移動していても、復路の進みは早く感じるもの。
あっという間に、以前長居した「丘多き村」に到着した。
それだけではなかったのだろう。
空昊は、その地を再訪することを、切望していた。
その想いが、その地を引き寄せたのだ。
光環と空昊を、村の有力者と寺院の僧達、村人達が出迎えた。
修繕中だった寺院の建物は、先の寄進により、完成していた。
真新しい堂内に、光環と空昊の経が満ちた。
その後、村人全員を招いての盛大な会が寺院内で催された。
光環は、気づいていた。
この村に到着する前、美しい巨木の陰からそっと、
あの女性が出迎えていたことを。
もちろん、空昊はその前から気づいていた。
満身の笑みで、走り寄ろうとせん空昊の手を、光環はそっと引いた。
以前の空昊による朝の読経をきっかけに、
この村は互いに分け合い、与えあうことが根付いていた。
聡明な村の有力者は、変わらず朝の施しを続け、
人々から預かった喜捨を、村や周辺地域の幸せに、上手く循環した。
その時代、どの地も飢え、略奪、蔑み、病、諍いの苦しみで満ちていたが、
この村は平和そのものだった。
寺院内、人々の笑顔が溢れていた。
宴の中心に座していた空昊だが、あの女性の姿を、懸命に探していた。
「なあ、空昊。あの方は、ここにいらっしゃらないようだなあ。」
光環の耳打ちにすら、空昊は心在らずだった。
光環は村の有力者に、それとなく件の女性のことをたずねた。
村の有力者は途端に顔を曇らせ、静かに光環を別所に誘った。
そこに、幼子を背負っている村の女性を呼んだ。
光環は女性と会話ができないため、
村の有力者を介して、光環はその女性から話を聞いた。
3日前の夕方。
野良から家に帰るため、私は畦道を歩いていました。
そこへ家へと帰る、我が子の遊び友達を見かけたんで、声をかけたんです。
そうすると、我が子は村はずれに行っちゃったと言うではありませんか。
ほんと元気がいいんですよ、あの子は。いつも、そんな風で。
でも、もうすぐ真っ暗闇になる頃でしたから。
心配になり、仕方なく我が子を探しに行きました。
ほどなく、我が子を見つけました。
私を見つけると、泣きそうな顔で走ってきて。こう言ったんです。
「かあちゃん、大変だ。あそこの家に、ならず者がいるよ。」
そして我が子は、あの聾唖の女性の家へ、私を引っ張っていきました。
尊師。正直ねえ、私は関わりたくなかったんですよ。
なんとなく、そこで何が起きてるか、想像がつきましたから。
この村は平和です。男衆は、皆、お行儀が良い。
でもね、流れの男どもはそうでない。
女とみれば、よからぬことをする人がいるんです。
特に、あの女性は、聾唖でしょ。何かあっても、他に告げ口できない。
業を背負う人間には、何やってもゆるされると思ってる人も多い。
・・・・・・ひどいことですがね。
あの女性を不憫に思いましたが、そのまま立ち去ろうとしました。
自分も危険な目に遭うかもしれないし、おまけに子供連れでしたから。
ところが、我が子は頑として、こう言ったんです。
「助けが必要な人を、見捨てていいのかよ、かあちゃん。」
お坊さんが言ってたよ。
人を見捨てると、助けが必要な時に見捨てられる”因”を作るんだってさ。
とにかく、あの女性の家に行こうと、我が子に引っ張られていきました。
そして我が子は、家の扉をいきなり開けて、言いました。
「ただいまあ。ああ、腹減った。あれっ、姉ちゃん、お客さんかい?」
子連れの私達の姿に、
半裸のならず者は、バツ悪そうに、すぐ出ていきました。
その後あの女性は、我が子と私に、深く手を合わせてきました。
おそらくこれまで何度もあの女性の身に、ひどいことがあったのでしょう。
誰に助けも求められず、助けを求めても助けられず。
その度にあの女性は、自分の苦しみや哀しみを閉じ込め、
今の生をあきらめてきたのかもしれませんね。
食い意地が張っていて、いたずらばかりの我が子。
その日は、我が子の正しさと勇気に、手を合わせました。
村の女性の話に、光環は心を痛めた。
空昊が想うその女性は今、人前に出るのも辛い状態に違いない。
「光にいさん。」
物思いに耽る光環のところへ、空昊が来た。
「話が、あるんだ。」