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「時空を超えて出会う魂の旅」特別編~印度支那⑩~
東南アジアのある地。
出家を経て、戒名「慧光」を私は授けられる。
仏縁により、故郷より遠方にある大寺院に導かれ、
”巨大寺院”入門への推挙を受ける。
慧光が巨大寺院への推挙を受けた、後日。
来院した使者が立ち去ったあと、大寺院内は騒然となった。
慧光の試問に、巨大寺院から僧が直々来訪する知らせを受けたからだ。
長年、寺院の推挙を受けた僧が巨大寺院に出向き試問を受ける倣いだった。
ところが近年、受験僧が巨大寺院を訪ねても、
面通りすら拒絶されることが頻発した。
試問受験の結果が芳しく思われても、修行を許可されるとも限らなかった。
このように、巨大寺院に自院から推挙されたところで、
そこに縁あるか予測すらつかないのが、現在常となっていた。
このような敷居の高さでも、
この地・近隣国の仏教界を牽引している巨大寺院の存在は、
多くの修行僧にとっての最高峰であり、憧れであった。
異例の事態への対応に、大寺院は追われた。
優秀な僧といえ、慧光は年若い、地方出身者のひとりでしかない。
巨大寺院に多額の喜捨をするなどの、係累もいない。
そのような慧光への厚遇に、巨大寺院の理由と意図が全くわからない。
来訪の日時や段取りも一切不明なまま、
大寺院は、常時応接できる体制をとることになった。
その日は、突然訪れた。
外が騒々しいと思われたその刹那、
巨大寺院からの僧が、列をなして門をくぐってきた。
大寺院の万全の歓待を受ける巨大寺院の僧達の所作を、
他の僧に交じって、慧光は注視した。その言葉を、聴いた。
巨大寺院の高名と、その僧達の振る舞いに、齟齬があることを感じた。
偶然そこに、外出から戻って来たばかりの懇意の尊師に出くわした。
尊師にのみ、慧光は素早く、自らが感じた強い違和感を伝えた。
聡い尊師は、短時間の深考の後、いつもの笑顔を慧光に向けながら言った。
「慧光殿。
どのようなことがあっても、貴殿の人生は円なのであろう?
今日は、昨日と明日と同じ。仏の導きに生きる一日よ。
貴殿が感じた引っかかり、偽りあらぬことだろう。
しかしながら。
どうか、自らが作り上げた虚像に、気圧されるな。」
尊師の愛情深く力強い言葉に、慧光は心打たれた。
「さあ、慧光殿。
貴殿より、皆様へご挨拶を。
この世に在るものは全て、御仏の化身。
尊い御仁の化身に、失礼があってはならぬぞ。」
巨大寺院の僧一同が座する前に、慧光は立っていた。
両者を、大寺院の僧達が見守る。
寺院の外は、多くの人々がすでに集まり、建物を囲んでいた。
そうだ、我の目の前に御座すは、御仏の化身。
これまで眼にした、美しい自然、猥雑混沌な荒地の街。
愛しい人々、自らを辛苦に突き落とす人々。
全て、全て。御仏の化身ぞ。
次々、僧達から、慧光への試問が始まった。
この地に伝わる仏典だけでなく、原始仏典についてはもちろん、
修行を通じての仏道についてなど、非常に広範な内容であった。
しかしながら、立ち会う大寺院の僧達が訝しく思うほど、
稚拙な質問も散見された。
けれども慧光の回答により、その質問も光あるものとなった。
大寺院の僧達は、慧光がまるで異世界にいる人間のように感じていた。
共に同じ世にいるのに、遥かなる高みに。
いよいよ、最後から二番目の僧となった。
突然、その僧は、言い放った。
「ほう、これはこれは。
さすが、大寺院。
”非常に優秀な”僧を推挙いただき、誠に光栄であるな。
もう、我々から尋ねるものも、無いわ。」
その慇懃無礼な言動と所作に、
大寺院の僧達は、さすがに強い苛立ちを禁じ得なかった。
慧光と懇意の尊師が、丁重かつ鷹揚に応えた。
「尊師殿。有難きお言葉。
試問は終いでございますね。
それでは続きまして、巨大寺院尊師各位お一人お一人より。
慧光の返答への講評を、拝聴いたします。
遥々皆様方おいでくださり、我々の前で直々説いてくださるとは。
深く、感謝申し上げます。さあ、皆の者、拝聴いたそう。」
大寺院の僧達はもちろん、建物の外にいる人々も、再び静まり返った。
精鋭揃いと高名高い、巨大寺院の僧達による講評と
それに伴う説法を聞き逃しまいと、固唾を飲んだ。
その静寂を、にわかに気色ばんだ巨大寺院の僧達だけが乱していた。
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