(創作)”ある人”のお話⑥中編
ある時。”ある人”が、あるところで、生まれました。
宇宙にある、大きな大きな一つの光から、
その人は「地球」という星に、「人間」という生物として生まれたのです。その少し前。大きな光は、”ある人”に向けて、そっと囁きました。
「愛おしい我が光よ。色々な経験をしておいで。」
”ある人”は笑顔を返し、流れ星に乗って、地球に向けて出発しました。
”ある人”は、南米にKという女性として生まれた。
やむを得ず、生家に娘をおいて戸外で働きながら、Kは思い出していた。
穏やかな、月のような瞳をした男性のことを。
あれから何日かは経っていた。でもその瞳を想うと、今一瞬のようだ。
この村の人間なのだろうか。空からの使いだったのかもしれない。
”ある人”は、南米に”先生”という男性として生まれた。
大勢の子ども達を前に、織物に使う獣毛の選別の仕方を、簡単にわかりやすく教えながら、”先生”は思い出していた。
力強い、太陽のような瞳をした女性のことを。
あれから何日かは経っていた。でもその瞳を想うと、今一瞬のようだ。
この村の人間ではない。空からの使いだったのかもしれない。
村の女性、その子供達と手をつないでいるKの娘と
この村のシャーマンである”婆”の呼びかけに、Kは手を止め、振り返った。
そして、聞いた話に、目をきつく閉じた。
同日夕方。
”婆”は、”先生”の家を訪ねていた。
”先生”と”先生”の両親を前に、相談をした。
「折り入っての頼みだ。ある母娘を、住まわせてやってもらえないか」と。
山を越えた地に住んでいる、この村出身の女性がいる。
問題があって、娘と二人、今はこの村に戻ってきている。
娘はかなり病弱で、知的なさわりがある。
その女性は、事情あって、心安らかに自分の生家に暮らせない。
それでも、そんな生家の畑を、娘を家に置いて助けていた。
家に残された娘は、その家の子供達に、酷くいじめられていた。
たまたま、村の子供達がそれを咎め、自分の母親に知らせた。
彼らは、わしに相談してきた。「あの母娘を、助けてやれんか。」と。
村は、自分の家族の生計を立てることで、精いっぱいの家庭が多い。
病弱で、さわりのある娘が安心していれる場所は、限られる。
考えた先が、ここだ。どうだ、受け入れてもらえまいか。
”先生”の両親、そして、もちろん”先生”は、
即答で、自分達の家にその母娘を迎え入れることにした。
Kは、飛んでいきそうなくらい、はしゃいで歩む娘の手を引いていた。
それは、安堵した自分の気持ちが伝わるからなのだろうか。
”婆”と、村の人達の厚意に、深く感謝した。
”先生”は、両親と共に、母娘を迎える準備をしていた。
今日は、とても天気が好い様子だ。
家の中にいても、太陽の日差しを強く感じる。
一面にジャガイモの青葉が揺れるその家を見て、Kは驚いた。
あの”月の瞳”をもつ男性と、出逢ったところだと、思い出したからだ。
飛び跳ねながら歩んできた、愛らしい娘を見て、”先生”は驚いた。
あの”太陽の瞳”を持つ女性と彼女が一緒にいたことを、思い出したからだ。
”先生”の両親は、笑顔で、Kたち母娘を迎えた。
「Kさん、母屋から離れている私共の別棟を、ご自由におつかいください。
必要と思われるものはご用意しました、足りないものがあったら、
お知らせください。
日中、お嬢さんは、母屋でお過ごしになられたらいかがでしょう、
たくさんのお子さん達と一緒に。
そうそう、うちの”先生”とお嬢さんは、ちょうど”兄妹”のように
なりますね。よかった、よかった。」
ああ、なんて有難いことなんだろう。本当に、ありがとう。
この方々は、娘のことも、考えてくださるなんて。
あの方は、”先生”とおっしゃるのね。
そう、冷静にならないと。私は、”先生”のご両親ほどの年齢。
それに結婚して、5人の子供達の母親でもある人間なのだもの・・・。
「ありがとうございます。ご厚情に感謝します。
みなさんの畑、動物の世話をお手伝いさせていただけませんか。
”先生”、どうぞ、この子の良いお兄さんになってあげてくださいね。」
ああ、なんて有難いことなんだろう。本当に、ありがとう。
この方々は、私達の家のことも、考えてくださるなんて。
あの方は、”K”とおっしゃるのか。
そう、冷静にならないと。私はKさんの子供達ほどの年齢。
それに、長生きが望めないくらい病弱な体持ちの人間なのだもの・・・。
「ありがとうございます。ご厚情に感謝します。
Kさん、ご安心ください。お嬢さんの事は、私にお任せください。
さあ、さっそく遊ぼう。”お兄ちゃん”と、何をしようか。」
Kは、朝日と共に、屋外に出た。
Kの娘は、母屋の”先生”のところに行くのが楽しみで、一緒に早起きをしてしまっていた。さて、動物の世話を始めたいが、娘をどうしたものか。
”先生”は、朝日と共に、屋内に入ろうとしていた。
K母娘と、朝に会えるのが楽しみで、寝付けず月夜の下にいたのだ。
さて、陽が射してくる前に、少し休まないと。
「おはようございます。」
”先生”は、声の主を、真っ直ぐ見つめた。
その明るく通る声。全身は太陽のように輝いている。
なんて幸せなんだろう、この人に挨拶できるなんて。
「おはようございます。」
Kは、声の主を、真っ直ぐ見つめた。
その穏やかな優しい声。全身は月のように輝いている。
なんて幸せなんだろう、この人に挨拶できるなんて。
「あの・・・早くて申し訳ありません。娘を、お願いできますか。」
Kは、日に焼け、節のしっかりした手で、娘の右手を取った。
”先生”は、きめの細かい、節のしっかりした手で、娘の左手を取った。
「とんでもない、もちろんですよ。さあ、行こうか。」
一瞬。
光り輝く朝焼けの空の下で、Kの娘を介して、二人は繋がった。
日が沈む頃、Kは娘を迎えに、母屋へ行った。
中から、満面の笑顔の娘が飛び出してきた。
娘の生き生きとした様子に、その日一日の過ごしぶりが伝わってきた。
Kは、”先生”が娘に、愛をもって接してくれたことがわかった。
それを深く、深く、感謝した。
「今日もありがとうございます。」
「こちらこそ。今日もありがとうございます。」
”先生”は、母娘の後ろ姿を、見送った。
ジャガイモと動物達は、いつもに増して生き生きとした様子だった。
”先生”は、Kがジャガイモと動物達に、愛をもって接してくれたことがわかった。それを深く、深く、感謝した。
再び一瞬。
光り輝く夕焼けの空の下で、様々なものを介して二人は繋がった。
互いへの”思いやり”から、二人が直接言葉交わすことは、ほぼなかった。
それでも、朝焼けと、夕焼けの空の下で、
日々あらゆるもの全てから、お互いのことを汲んでいった。
その繋がりは、穏やかでありながら、力強いものになっていった。
それから、三月ほど後。悲しいことが、突然起きた。
病弱だったKの娘が、数日続いた高熱で、亡くなってしまったのだ。
病で縮んでしまったかのように小さくなった亡骸を、
Kは自分で作った布で包み、天葬の場所まで、背負っていった。
娘を葬ると、Kは傍らにいた”婆”に、毎日母娘の様子をうかがいに、
立ち寄ってくれたことに礼を述べた。
そして、明朝。日の出と共に、自分の家へ向けて出発することを告げた。
”先生”の家族に挨拶もせず旅立つのは、非礼となることは承知している。
彼らからの親切へのお返しに、自分の作った大きな布を渡してくれるよう、
”婆”に託してきた。
”婆”には、隠していたことがあった。
毎日、K母娘の世話をしたのは、病弱すぎて病人に近寄ることができない
”先生”からの、強い、密かな頼みに、応えたからだった。
月明かりの下、Kからの布を広げた。
この地は、文字をもたなかった。
そのため、人々は伝えたいことを、歌や布の模様をもって表現したのだ。
Kからの布から、伝わってくる、溢れんばかりのメッセージ。
大地、動物、花、植物、作物、人、太陽、月・・・そして、愛。
”婆”は気持ちを定めた。そのままの足で、”先生”をたずねた。
「知っておるだろう、”先生”。魂には、囚われるものが何もないのだ。
体も、老いも若いも、ムラの掟も、何もない。心のまま、生きよ。」
そして、Kからの布を”先生”に渡しながら、こう付け加えた。
明日の朝焼けを、逃すでないぞ。