「時空を超えて出会う魂の旅」特別編~印度支那㉛~
東南アジアのある地。
出家を経て、戒名「慧光」を私は授けられ”巨大寺院”に入門。
心通う少年、「空昊(空)」、隣国の僧「碧海」と出会う。
新たな戒名「光環」を名乗り、故郷への旅に出る。
「光にいさん。」
物思いに耽る光環のところへ、空昊が来た。
「話が、あるんだ。」
空昊がこのように、前置きしてから話をすることなぞ、
その時が最初で最後だった。
顔を上げた光環に、空昊は明るく、毅然と告げた。
「ぼく、お坊さんやめる。この村で、あの人と暮らす。」
光環は気づいていた。
最初にこの村に来た時点で定まっていた空昊の意志。
光環の故郷に同行する役目を果たした今、
空昊は自分の思いを告げることにしたのだろう。
嬉しさと喜び、寂しさと不安、
様々入り混じった感情で、光環はいっぱいになった。
走馬灯のように、空昊と初めて出会った時からのことを思い出される。
小柄で痩せっぽち、傷だらけだった空昊。
さわりを持ち、身寄りがなく。愛らしくて素直な空昊を
守ってやりたくて、僧にしたこと。
大老尊師と引き合わせたこと。巨大寺院での日々。
空昊は、自らが幸せを感じる地を見つけた。
幸せを感じる女性と出会った。
それは、光環が何よりも嬉しいことだった。
とはいえ、不安も感じる。
僧でない空昊は、これからどうやって生きて行けるのだろう。
身一つで。さわりがあり、身寄りも財産も無い。
おまけに聾唖の女性と共に。
目の前の、空昊の瞳のきらめき。
この不安なぞ、杞憂に過ぎないに違いない。
自分が空昊を信じなくて、何になる。
光環は、これ以上の考えを入れずに、言葉を発した。
「いいね、空よ。お前、幸せでいろよ。」
空昊は満面の笑顔で、早速法衣を盛大に脱ぎ始めた。
慌てて、それを制して告げた。
「焦るな、焦るな。良き日取りに還俗するってのは、どうかい?」
「今日は、良い日だよ。」
「・・・じゃ、せめて、明日はどうだ?」
「ううん、今、カンゾクする。」
「よし、わかった!
じゃ、お堂に戻ってだな、今から還俗式をしよう。」
寺院内は、和やかな宴が続いていた。
光環は村の有力者に、これから空昊の還俗式をすることを耳打ちした。
ついては、式後の衣を用意してもらいたいこと、
本来家族が務める「衣持ち」の役目を務める人選を相談した。
「光環尊師。衣はすぐに手配します。
私は『衣持ち』をお引き受けできますが、空昊殿のご意向をうかがうに、
あの女性に務めてもらうことが、妥当なのではありませんか。」
そしてすぐ、あの女性宅へ使いを送った。
その晩こそが、必然の時だったのだろう。万事流れるように準備が整った。小一時間もしない頃、光環は寺院内で談笑する村人に告げた。
「皆様。巨大寺院の僧であった空昊が、これから還俗いたす。
この平和な丘多き村に、皆様と共に暮らすためである。
還俗も仏縁によるもの。
仏の取り計らいに従い、これから還俗式を執り行う。」
改修した寺院の落成を祝った宴はそのまま、空昊の還俗式の場となった。
空昊は挙式の有無など、全く気にしないと知っていた。
しかし光環は、今後村で暮らしていく空昊とあの女性のことを考え、
これが最善となると判断していた。
輝いた笑顔で光環の読経を受け、
村人たちが見守る中で、僧であった空昊は、解き放たれる。
村の有力者の取り計らいだろう、あの女性は髪を優美に結い上げ、
新しい衣を纏っていた。その可憐な美しさは際立っていた。
空昊は、この上なく嬉しそうに、女性から衣を受け取り、着替えた。
続いて、還俗の祝いを行った。
寺院の僧達各々から空昊は、光環が護呪で浄めた水を掛けられた。
歓喜にある空昊を見て、光環は感涙を禁じえなかった。
「光にいさん、ありがと。」
自分の祝宴最高潮にもかかわらず、空昊はあの女性と共に、去っていく。
魂のまま。
空昊はこれからもそう生きていくのであろう。
「空よ。達者でな。」
「うん、にいさん。
またね。」
そうだな、空よ。
必然のその時。再び会おう。
次はいつと、なるのだろうな。
”茜さす夜に 蒼い、蒼い、月 稲穂に満ちよ、月の光”
満ちよ、満ちよ、光よ満ちよ。
空昊とあの女性に。
この村に、この地に、この世界に。