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(創作)”ある人”のお話⑥後編
ある時。”ある人”が、あるところで、生まれました。
宇宙にある、大きな大きな一つの光から、
その人は「地球」という星に、「人間」という生物として生まれたのです。その少し前。大きな光は、”ある人”に向けて、そっと囁きました。
「愛おしい我が光よ。色々な経験をしておいで。」
”ある人”は笑顔を返し、流れ星に乗って、地球に向けて出発しました。
”ある人”は、Kという女性、そして”先生”という男性として、
南米に生きていた。
太陽が昇る少し前。Kは何も持たず、戸外に出た。
「元々、娘だけを連れて、何も持たずにこの村に来たわ。
そして、空手のまま去る・・・。
・・・・・いいえ。 何よりも代えがたい尊いものを、ここで得た。
”私の月”を心に留めることだけは。天よ、どうか許してください。」
動物達を起こさぬよう、Kは、ジャガイモ畑の花の中を歩いていった。
太陽が昇る少し前。”先生”はKからの布だけをもって、戸外に出た。
「元々、長く生きそうになく、この村に生まれた。
そしていつか、何も残さずこの世を去る・・・。
・・・・・・いや。 何よりも代えがたい尊いものを、ここで得た。
”私の太陽”を心に留めることだけは。天よ、どうか許してください。」
動物達を起こさぬよう、”先生”は、ジャガイモ畑の花の中を歩いていった。
Kは、驚いた。
”先生”は、驚いた。
満開に咲き誇る、美しい紫の花の向こうに、互いを見つけたからだ。
Kは、”先生”が持っている、自分からの布で、全てを察した。
「・・・花は、何て美しいことでしょう。」
二人の瞳が合う。何より美しいのは、あなたです。
「・・・本当に。ここに在るだけで、素晴らしいですね。」
二人の瞳が合う。ここに在るだけで素晴らしいのは、あなたです。
一瞬。それは、永遠に。
光り輝く紫の空の下、紫の花の中で、二人の心は繋がっていた。
体も、老いも若いも、ムラの掟も、何をも越えて。
Kは、自分の子供達と問題を抱えた夫との生活に戻った。
”先生”は、村のたくさんの子供達に囲まれた生活に戻った。
二人はそれぞれの環境で離れて暮らし、会うことままならなかった。
しかし、日々の生活をしながらも、互いを想わない日はなかった。
ずっといつでも、心は隣り合っていた。
それから、一年もしない頃。
何度目かの体調不良で倒れた”先生”のもとに、”婆”は呼ばれた。
酷く息苦しい様子であるのに、話そうとする”先生”を制し、
”婆”は人払いをした上で、こう言った。
「”先生”、わかっておるぞ。おぬしの言いたいことは。
大丈夫に決まっている、彼女には真っ先に、伝わっておる。
それに、思い出してくれ。魂には、何のしがらみがないのだぞ。
安心せい、ついにお前の望み通りじゃないか・・・。」
何日も、居ても立っても居られないほどの胸騒ぎを、Kは感じていた。
それが募った日の夕方。体が先に、動いていた。
日が沈み、紫色を通り越した空は、藍色一色だった。
漆黒の空の下を、Kは独り、ひた走りに走った。
月。私の月。何が一体、あったのだろう。
月の無い夜。
家族、”婆”、大勢の村人とその子供達に、”先生”は看取られた。
その骸は、片時も離さず持っていたKからの布に包まれて、天に葬られた。
どうやって、真っ暗闇の中を、Kはたどり着けたものか。
辺りが白んでくるころ、Kは”婆”を訪ねた。
”婆”は何もいわず、Kをうながして、ある場所に行った。
それは、Kの娘に続いて、”先生”が天葬されたところ。
しばらく、Kは何もいわず、堪えていた。
しかし、ついに堰をきったかのように、天と地に慟哭した。
”婆”は、黙っていた。言葉など、何一つ、そぐわない。
しばらくして、Kが何かを持っていることに気付いた。
「それは・・・」
Kは、ゆっくり、立ち上がった。
そして、手にしていたものを、天空に解いた。
朝日輝く空へ。それは、高く舞った。
鮮やかな紫色に染色した、布。
Kは、日が落ちた後、いつも月明かりで、布を作っていた。
珍しい海の物を手に入れる度、紫色にその布を染めた。
ジャガイモの花の色。
朝と、夕方の空の色。
あのひとの・・・・・・・。
Kは、耐え難い、悲しみと切なさに、窒息しそうだった。
このまま、あの人の骸のある谷の底に、身を投げたい。
”おや、K。それは困るよ。体が無くなってしまったら、
私達は、どうやって、ここで、生きていけばいいのかい。”
・・・・・・・・?!
”さあ、君の村に帰ろう。いっしょに。”
Kは、思わず”婆”の方を向いた。
”婆”はKのその瞳が、やさしい紫を帯びていることに気付いた。
そうか、”先生”。ついに願いを叶えたのじゃな。
それからさらに何年か後。
動物に骸を載せて歩く、4人の人間とその子供達が、同じ地を訪れていた。
「へえ、ずいぶん遠かったけど。ここは眺めがいいな。」
「あの何一つねだることのない、母さん唯一の希望の地だけあるよ。」
「不思議じゃない?母さんは、自分の生まれ育った村について、
何も話そうともしないくらいだったのに。わざわざ、ここを選んだのよ。」
「理由はともかく。日が高いうちに、母さんを空に還してあげましょう。」
皆でもう一度、故人が作った美しい布に包まれている骸を囲んだ。
大地、動物、花、植物、作物、人、太陽、月・・・そして、愛。
それらは、美しい紫色で染められていた。
太陽が一番高くある空に、一筋の光となり還っていく。
骸は、天に還った。
そして、Kと”先生”は、共に大きな光のもとに還った。
ー完ー
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