「時空を超えて出会う魂の旅」特別編~印度支那㉜~
東南アジアのある地。
出家を経て、戒名「慧光」を私は授けられ”巨大寺院”に入門。
隣国の僧「碧海」と出会う。
新たな戒名「光環」を名乗り、故郷への旅に出る。
丘多き村を発ち、いくつかの寺院の僧達の先導を受け。
あっという間に、大寺院に到着した。
巨大寺院は、目前。
ここまでの無事を仏に感謝するとともに、
碧海との再会、そして隣国への旅立ちを思うと、
光環は胸がいっぱいになった。
巨大寺院から、迎えの僧の一団が来院した。
皆との再会を喜びながら光環は、そこに碧海がいないことに気づいた。
碧海の勉強会で共に学んだ僧の一人が、光環のもとにきた。
無言のまま恭しく、小さな器を光環に差し出した。
そして、そのまま立ち去った。
光環は、胸騒ぎがした。
同時に、安堵するかのような安らぎを感じる。
そっと器に目を落とす。
そこには、白い布に包まれているものがあった。
吸い込まれるように取り上げて、手に取る。
蕾から一気に花開くように、布が解かれる。
碧色に輝く玉。
玉を、光環は掌に包む。
瞬時に、玉は語り出した。
床に臥す、碧海。
激しく脈打つ、胸の上に置かれたその手の中に、この玉はいた。
高熱で、玉は磨かれていく。
碧海を、玉は誘った。
隣国の故郷へ。修行した寺へ。そして、光環のもとへ。
光環は、死の床にあった。
”何ということだ、我らは離れることが無いとはいえ。
肉体の死まで、共に迎えることになるなんて。
光環殿。我は隣国に向けて出発するよう、準備を整えておるぞ。
あとは、貴殿の帰りを待つばかりであるのに。
仏よ、我らは共に、この肉体を離れる取り計らいにあるのか。”
玉が語った。
ー我は仏でないが、答えよう。
光環は、我と出会う縁にある。
よって光環は、今しばらくこの世に留まることとなるだろう。ー
”まことか、玉よ。光環殿の手に、必ずや行かんことを。”
ー碧海、貴殿はどちらへ?ー
”この体は、海へ還ることとなるだろう。
魂は、この世を離れることはないが。”
ー碧海、さすれば貴殿は光環と離れることが無い。
過去も、今も、未来も。ー
”ああ、そうだ。その通りぞ。
玉よ。然らばだ。あの方を、どうか護ってくれ。”
人は、本当に悲しいと、悲しいと感じることすらできない。
涙一つ、流すことすらできない。
その玉を掌に、何時間も光環は考えもできず、動けないでいた。
そして、突然思い出す。
故郷で仮死となった時、見たのだ。
光輝く水面。
蒼と碧が織りなす輝き。
そして、碧い光にやわらかに包まれたことを。
今自らの手にある玉が放っているような、碧い光。
そこへ、巨大寺院の僧が入ってきた。
「光環尊師。突然のことでございました。
碧海尊師は、涅槃へ入られたのです。
お体は隣国へと、海へ還しました。」
「そうか・・・・・。この玉は、何処から?」
僧は、戒を守ればその身以外、財産を持たないことが通例だった。
碧海の所持品は無かったことを知っているだけに、光環はたずねた。
「はい。隣国出身者である商人からの喜捨でございます。
碧海尊師の病落としにと。
高熱に臥す尊師の掌に、この玉はありました。」
「そうであったか。商人の厚情、尊いことよ。
我は玉の目利きはできぬが、これはかなり希少なものと思われる。
巨大寺院に座すると、禍が生じるやもしれん。
ここ大寺院に、その商人に足労を願えないか。
厚情は受け取り、玉は返すことが然りぞ。」
碧海尊師を深く慕う光環に、その死を告げることは
巨大寺院の僧にとって細心の注意を払うものだったに違いない。
淡々と、玉のことなぞたずねる光環に、一団は安堵した。
ほどなく、件の商人が大寺院に到着した。
彫の深い隣国人特有の顔立ちに、光環は碧海を想った。
”この度は、厚情に深謝する。”
光環の流暢な隣国語に、驚いた様子を見せた。
”光環尊師。勿体ないお言葉を。
碧海尊師を、私は敬愛しておりました。
同じ国出身でもあり、いつも心の支えとなってくださって。
その玉は隣国で採掘され、私の蔵に長くあったものです。
市中に出さなかったのは、玉が蔵内に鎮座することを選んでいたからです。
玉には、意志がある。主と場を、自ら選ぶのですよ。”
”この玉は、外地にある蔵の闇より出でて、
碧海尊師の掌にあることを選んだのだな。
尊師は、涅槃に入った。
今や玉は役目を終えた、ということであろう。
謹んで、貴殿にお返ししたい。”
”光環尊師、玉の望みは如何なもので?”
商人からの言葉に、光環は自らに引き戻された。