「時空を超えて出会う魂の旅」特別編~印度支那⑧~
東南アジアのある地。
出家を経て、戒名「慧光」を私は授けられた。
仏縁により、故郷より遠方の大寺院に導かれる。
大寺院の尊師グループからの言葉に、慧光は呆然としていた。
皆の視線を集めながら、ようやく口を開く。
「・・・我を、”巨大寺院”に推挙してくださると・・・」
「慧光殿。
躊躇っておるな。その理由とは、如何に。」
その問いに、あまねくことが堰を切った。
厳しい修行生活で鍛え抜かれた心を持ち合わせていたはずだが、
尊師グループを前に、慧光は滂沱の涙を止めることができなかった。
翌朝。
慧光を、懇意の尊師が「思索の歩」に誘ってきた。
「思索の歩」とは、体を動かしながらの”瞑想”である。
寺院外を歩きつつ、
厳しい仏寺生活で修行する自らの肉体、魂を統合し、
外界と寺院生活、宇宙の隔てを解くのが目的だ。
その朝、慧光は心身すぐれない状態だった。
誘われておきながら、いつの間にか尊師の姿を見失っていた。
寺院に引き返す気力もなく、慧光はそのまま、朝陽差す方向へ歩んだ。
足に、大地を感じる。
大地の息吹と、自らの息吹が交わり合い、溶けてゆく。
こんな我は、尚も生きている。
なぜ。
母は、産後の肥立ちが悪かったため、若くして亡くなった。
我を孕みさえしなければ、愛し愛される父と永く暮らせただろうに。
父は、母を亡くしたことにより、継母を娶ることになった。
我さえいなければ、心通わぬ継母と暮らすこともなかっただろうに。
剛充は、生みの母親である継母からも、なぜか疎まれている。
我さえいなければ、せめて父からも疎まれることがないだろうに。
蓮花。我は到底、そなたの想いに応えられる人間でなかった。
我さえいなければ、そなたが惑うこともなかっただろうに。
茉莉は、元下男との結婚で、苦しい思いをしている。
我さえいなければ、あの屋敷にも、夫にも縁がなかっただろうに。
我さえ、いなければ。
我さえ、いなければ。
皆を苦しめている、こんな我は、尚も生きている。
我は、何と業の深い人間ぞ。
一体、我は何者ぞ。
瀕死の状態で、産まれ。
体が弱く、幼少の頃から何度も死へと越えそうになった。
しかしながら、今なお現世に生きている。
子ども達とも、親しみ合えない。
大人達とも、親しみ合えない。
皆は、我を慕ってくれるのに。
男子とも、心底から遊べなかった。
女子とも、心底から遊べなかった。
皆は、我を慕ってくれるのに。
男のように、家を盛り立て、野で働く体力がない。
女のように、家を守り、子を育て養えない。
皆は、人の道を辿っているのに。
我は我ひとり、歩むばかり。
一体、我は何者ぞ。
身一つで、実家を飛び出しただけの我。
仏よ。そして寺院の僧、人々よ。なぜここに、我を導いた。
身一つで、短期間しか、ここで修行しておらぬ我。
大寺院尊師各位。なぜ巨大寺院に、我を推挙した。
身一つある、我であるのに。
愛する父の期待には、応えることができなかった。
あらゆる人の務めも果たせぬ、こんな我は、尚も生きている。
我は、何と業の深い人間ぞ。
我は
我は
我は・・・・。