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「時空を超えて出会う魂の旅」特別編~印度支那④~
東南アジアのある地。
出家を経て、戒名「慧光」を私は授けられた。
幼馴染の蓮花、年近い弟と共に成長していく。
「慧光、慧光はおらぬか。」
屋敷に、慧光の父の声が響いていた。
「はい。慧光様は、お寺にお出かけです。」
「ううむ、また寺か。信心深いのは結構なことだが。
せっかく、お客人がおいでなのに。」
傍らにいた蓮花の父は、そのやり取りを受けて、口を入れた。
「まあ、なんと立派な息子さんではありませんか。
徳を積んでいらっしゃいるのですよ。
益々、この家はお幸せ増しますね。」
蓮花の父は、善人だった。
慧光の父と気が合い、二人は仲が良かった。会えば話が尽きず、長くなる。
蓮花の父は、退屈せぬよう蓮花に、屋敷内の花を見に行くよう声かけた。
慧光が短期の出家生活を経て還俗してから、数年が経っていた。
屋敷に戻っても、心の拠り所となる寺院に頻繁に出向き、
在家のまま奉仕する日々を送っていた。
慧光の弟も出家を経て、戒名”剛充”を授けられていた。
寺院生活を経た慧光が、一回り成長したのに気後れし、
幼い時ほど剝き出しに、兄に敵対する行動は見せなくなったが、
相変わらず、一方的に反発する態度は変えなかった。
蓮花は父に言われた通り、屋敷の外の庭を歩んでいた。
陽に照らされ、緑の木々が美しく、色々な花が咲いていた。
蓮花は、この美しい庭と、愛情あふれた慧光の父が好きだった。
そして、幼馴染の慧光。
優しく、聡明で。
少女のように、すらりとした体躯。
知的で端正な顔立ちに、父親譲りの慈悲深い笑顔。
慧光を想うだけで蓮花は、笑みとなる自らに気付いていた。
自分の父と慧光の父が密かに、
それぞれの子ども達を縁組させる予定であることを、蓮花は知っていた。
この嬉しい巡り合わせを思うと、心が高揚した。
この時代、この地では、自由恋愛での結婚は皆無。
しかし自分は、想う相手と結婚できるのだから。
名前の通り、美しい蓮の花のように可憐な蓮花を、
剛充はそっと、物陰から見つめていた。
屋敷に向かって、慧光は歩いていた。
もうすぐ、月の光射す頃となるのだろう。
茜色をわずかに残し、空に鮮やかな藍色が広がっていた。
と、その時。
草むらの中から、男女が出て来た。
茉莉の夫だ。
今は、慧光の屋敷では働いていないが、その顔には見覚えがあった。
茉莉の夫は、慧光が誰か気づかないまま、女を伴い立ち去った。
慧光が、女連れである茉莉の夫を見かけたのは、これまで何度もあった。
以前と同じように慧光は、父に自分が見たままを伝えた。
「うん、うん、そうか。慧光、わかった。他言するでないぞ。」
その日も父から、同じ返事を受けた。
慧光の父母の取り計らいで、茉莉は屋敷の下男の一人と結婚した。
その下男は、無口だが純朴で、働き者。
茉莉の良き夫となるであろうと、誰もが予測した。
しかし、婚礼が過ぎた途端。
茉莉の夫は、茉莉を苦めることばかりするようになった。
女性、金品の問題を起こし、働かずに寝転んでばかり。
そんな夫との生活に、茉莉は目に見えて精彩を失った。
夫に好き放題の振る舞いをされ、暴力暴言を振るわれ、蔑まれても、
茉莉は離縁という選択肢をとらなかった。
授かってはいく子ども達を養うべく、茉莉は黙々と働いていた。
慧光は、大人の世界を憂いた。
自分の大好きな茉莉、そして父までも。
なぜ、いつもみんな、真底の笑顔を見せることが無いのだろう。
ある時、茉莉にそっとたずねたことがある。
「ねえ、笑って。笑えないなら、笑えるようにするよ。どうしたらいい?」
そんな時、茉莉はつかの間の笑顔を、慧光には向けてくれるのだ。
「慧光様、ありがとう。あなたを前にしたら、私は笑顔になります。」
でもそれは、ほんのつかの間のほころび。
慧光は、やるせなかった。
そのやるせなさを紛らわせるため、独り野に出る。
川や田畑の美しさを眺めるために。
または寺院に出向き、仏事を手伝い、仏の教えを学んだ。
尊師の話を思い出す。
人は、人間に生まれ変わるだけでも、高い徳を持っている。
そして皆、自らの業を持って生まれてくる。
その業と向き合い、徳を積むことで、輝ける来世があると。
慧光は、思わず口を挟んでしまった。
「尊師様。今、私達は幸せになることはないのですか?」
・・・・・ううむ、業の無い人間なぞ、おらぬからな。
本当に、そうなのだろうか。
聡い慧光は、真理を知りたく、
ますます仏の教えを学ぼうと、のめりこんでいった。
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