「時空を超えて出会う魂の旅」特別編~印度支那⑭~
東南アジアのある地。
出家を経て、戒名「慧光」を私は授けられる。
”巨大寺院”に入門。兄弟子「慈恵」と出会う。
「賢彰」率いる兄弟子集団と、波乱に満ちた修行生活を送る。
大老尊師のもとを辞した帰り道。
珍しく慈恵から、口を開いた。
「慧光殿。
なぜ、私が隣国からここに来たか。
お耳汚しとなることを承知で、お聞きいただきたい。
我は、出家した身でありながら、戒を犯している。
ある女人のことを、慕っている。
滑稽なことだが、その苦しみから逃れるため、遠くに行こうと考えてな。
巡り合わせよく、自国寺院に訪れた大老尊師に、
恐れ多くも直々、試問を願い。この巨大寺院に入門した。
離れた地に行けば、仏の道一筋でいれると思った。
しかし、我の心は逆に、定まってしまった。
我は、我を生きる。自らに一筋でありたいことを知った。
僧としての一生を全うすることが、仏の導きでないことを知ったのだ。
今のこの自ら、”戒を犯している”と、実は微塵にも思っておらんからな。
しかしたった今は僧として、隣国よりここに来て成す必然があろう。
我はこれを機に、自国に戻る。大老尊師は、全てご存知だ。
隣国から査察が入れば、我が使者の務めを果たせたと思ってくれ。
その後は、然るべき時期。我は破門されるか、還俗する。」
慧光は、生気に満ちた慈恵の表情と言葉に驚き、嬉しくなった。
慈恵は、慈恵の歩む道を心置きなく歩んで欲しい。
それだけに、ここに心残りをさせぬよう、
早急に大老尊師に仕える下男を見つけようと思った。
翌日。
少し時が経ち、あらためて慧光は、自分の環境の変化を感じた。
巨大寺院に入門以来、賢彰達兄弟子集団から陰湿な蛮行に苛まれたが
慈恵はじめ、優秀な兄弟子との学びは得難いものとなった。
その慈恵の心は、すでに遠き隣国にある。
慧光はあらためて、真の意味での自立の時がきたのだと悟った。
邪が入らぬよう、誰にも知らせぬまま出立するとも、
慈恵から告げられていた。
「慧光殿。常ならんものはこの世に無い。
仏の導きが、貴殿にいつもあらんことを。
ここで、今生の別れを告げておく。」
驚いた慧光は思わず言った。
「慈恵殿。いつか再び。必ずやお会いしましょう。」
「そうだな。少なくとも我の解脱は、遠い先。
貴殿とも、どこかで再び会えるかもしれん。」
慈恵の後ろ姿を、慧光は見えなくなるまで、その日は見送った。
賢彰達は、自分たちの邪魔となる存在や動きには敏感だ。
慈恵の動きに同調するものを見つけ、圧力をかけ排除する事が予想された。
慧光は、老尊師達が主催する”古代仏典の学習会”に参加することにした。
大勢と交わっておけば、賢彰達の手も及びづらくなる上、
老尊師達の代理で寺院外に頻繁に出る口実ができ、下男探しもできる。
早速、慧光は寺院の外に出た。
すぐに慧光は、下男探しは盲亀の浮木と悟った。
この地の僧は、人々から敬愛されている。
巨大寺院の僧である慧光を見かけると皆、最高礼を表す挨拶をしてくる。
僧衣を纏う自分に、誰もが敬意をもって距離を置くため近づく事が難しい。
寺院内の邪の集団に気取られぬよう、勿論募集もできない。
たとえ、下男候補が見つかったとして。
いくら厚遇を前にしても、業の病の人間に近づくことを拒むかもしれぬ。
慧光は、心が乱れた。
求めて、求めて、求めて。
ますます、下男候補は見つからないという事実を意識する。
その後、ほどなく。
密かに慈恵が出立した。
広い巨大寺院内のことであり、孤高を保っていた慈恵の消失は、
慧光以外、しばらくの間誰も気づかなかった。
その後何日が経ったある日。
早朝から巨大寺院内は騒然としていた。
慈恵の不在が、いよいよ発覚したからだ。
仏事をよそに置き、賢彰達の指示で寺院内は隈なく探された。
賢彰は、慈恵の行方を案じたわけではない。
自分を脅かす存在や状況が起きることを恐れているがゆえ、
自分に迎合しない慈恵の動きを不穏と察したからだ。
慈恵と交流があると思われたものは、所在を知らないか詰問を受けた。
慈恵は孤高の存在であったため、対象者はごくわずかだったが。
”古代仏典の学習会”会合中、いきなり賢彰達は乗り込んできた。
「慧光殿。知っていること全て、話してもらおう。」
賢彰より高位の老尊師達がいても一切関しない、無礼。
その高圧的な態度に、老尊師達は一斉に沈黙した。