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ひとつくらいはチャンスだったかも?

重なるときは重なる。
そんな不思議な現象が誰にでもあると思いますが、ここのところ私は出張が重なっています。
今回はおいしいものがたくさんある東海エリアへ出向いくことになりまして、我が町から電車をいくつも乗り継いで向かいました。

お出かけには出会いがつきものですが、今回は女性に限った出会いのチャンスがいくつかありまして…。

①朝のマドンナ
通常出勤日は、毎朝同じ時間に部屋を出る。
同じ時間の出勤という決まりごとは誰しも同じルーティンワークのようで、通勤路ですれ違う人の顔はいつも同じ。
私は車で通勤しているが、概ね同じ車種ともよく同じ場所ですれ違う。
そんな中で一人、私が勝手に朝のマドンナと名付けている、凛とした雰囲気で身なりも清楚で美しい女性が駅に向かって歩いているのを、毎朝同じ時間に同じ場所で追い抜いている。
それだけではない。ゴミ捨て場が同じなので、年に何度かは同じタイミングでそこで会い、集積されたゴミ袋を覆う緑のネットを持ち上げておいてあげることもある。
この日の出張は、通常の出勤日より一時間ほど遅く家を出た。今回は電車なので、私は歩いて駅に向かっていた。
路地から大通りに出たところで、なんとばったり、その朝のマドンナと出くわした。
「あ。おはようさんです」
思わず声に出して言ってしまいそうになったが必死になってそれを思いとどまり、私は彼女の後ろを黙々と歩く。
いつも車の運転席から見る背中と同じ、凛とした後ろ姿。
いつもより一時間ほど時間が違うというのに、なんという偶然!
こちらはいつも、車の中からしか見ていないのだ。彼女がこちらを認識しているとは思えない。私はこの町では珍しい輸入車に乗っているので、百歩譲って彼女が車好きなら「あの車の人」と思ってくれるかしれないが、そんな酔狂なことなどドラマの中でしかあり得ないだろう。
結局、朝のマドンナと同じ電車に乗っていたようだが、ホームでそばに並ぶことも出来ず、私は場所をずらしてターミナル駅へ向かった。

②イヤリング
東京駅へ向かう電車。進行方向へ向かって並ぶシート。
平日の朝はいつも満席で、私は通路側に席を獲得できるとnoteの下書きを書き貯めながら東京駅へ向かっていた。
まもなく東京駅に着こうかというとき、カタンと、金属物が床に落ちる音が響いた。
誰か何か落としたな。
耳でそれを察した直後に、前席窓際に座っていた人の頭があちこちに動き始めた。
あら、探してるわ。この人か。
そう思って視線を動かすと、私の隣に座っていたおじさんの足下に金色の金属物が光っていた。
拾ってやればいいのに。
そう思って隣席に目をやると、氏はリンゴが入るくらいの大口を開けてグッスリとお休み中。でも、もうすぐ東京駅だから目覚めて気付くべ。
そう思っていたが起きる気配がない。
私は「起きるなよ。起きるなよ」と呪文を唱えつつおじさんの靴の左右の間に手を延ばし、そこに落ちていた金色の金属物を拾い上げた。
それはハートの形を型どったかわいらしいイヤリングだった。
これを失くすのは惜しいよな。
私はそう思い、意を決して前席窓際に座る女性の頭の横に手を延ばして、はいよ、とそれを手渡した。一瞬の驚きの顔もみせないままそれを嬉しそうに受け取ってくれた女性。
後ろに座っていると頭のてっぺんしか見えないのでどんな方か想像すら出来なかったけど、とても素敵なお姉さんだった。
ありがとうございます!
静かな車内で普通に声を出して言うのは恥ずかしさもあるだろうけど、なんのためらいもなく言ってくれたので、こちらも嬉しくなる。
「これ、かわいいね。大切なものだったんじゃない?」
そんなひと言をかけてみれば何かが始まったのかな…。
ちょっと後ろ髪をひかれながら電車を降りた。
いいことしたな。
そんな自己満足だけを手に、今回の出張はいいことあるかもと言い聞かせて新幹線に乗り換えた。

③のぞみのストール
移動する人が多いから便利になったのか。便利だから移動するのか。
のぞみ号は頻繁に東京駅を出発するのに、新横浜を出たときにはいつでも満席だ。
私の前には二人組の女の子が座っていた。友人同士の旅行なのだろうか、お菓子を分け合い、ナンヤカンヤと笑いあっている様子が後ろからでもよくわかる楽しそうな二人組だった。
自分の掟に従って北側に取った席からは富士山を眺められ、たったこれだけでもいい気分にさせてくれる日本の宝。
それを過ぎて間もなくのころだった。
私の前に座っていた女の子の頭が上下左右へ必要に動きだす。そして聞こえる「あれ?」の声。
まさかと思って私は自分の足下と前のシートの下に目をやると、車体と壁とシートの架台の隙間に一枚の柔らかそうな生地が挟まれていた。
グレーとパープルの中間の色をしたそれを拾って、それをストールだと認識すると、窓際のひじ掛けにそれを載せ「これ?」とシートに向かって声をかけた。
「あ!ありがとうございます!」
なぜか通路側に座っていた女の子が振り向いて頭をさげてくれた。
「素敵ないろだね」
などという声をかける勇気もなく、私は黙って手をあげる。
「どちらまで?」
「そうか。それはいい。よい旅を」
外国ではそんな会話普通にできたんだけどなぁ…。

④飲み屋のおねえちゃん
二日間に渡る出張先での必要業務を終え、本来であればそのまま帰ってもいいのだが、もう一泊することにした。
その夜、暇を持て余して現地の仲間と飲みに行くことにして、いろいろと仕事上での情報交換をする。
「まがたまさん久しぶりだし、もう一軒行きましょう!」
そえ、仲間が私を誘ってくれた。
なんでも、開店したばかりで安く提供してくれている店があるらしい。
業態がスナックなのかキャバクラなのかはわかってないんすけどねと、彼は彼自身のネタとして開拓しておきたいらしく、そこへついていくことにした。
法人営業をしている者なら、ましてや上級職に就いている者なら、接待相手が喜びそうな店を把握しておくことも大切な営業ツールである。
身銭を叩いてこうした仕込みをしておくのは自分への投資でもあるので、実はボラれることもある。でも、それとて「あの店はヤバい」という情報としてお客さんには有益な情報になり、それが信頼を勝ち取るネタにもなるから世の中おもしろい(人もいるもんだ)。
入った店はいわゆるガールズバーで、素人同然の女の子がカウンター越しに話し相手になってくれる。
私の前に立ってくれたのは地元の学生さんで、読書が好きで、自分でも文章を書くという文学少女だった。
この仕事でこんな話が出きるなんて!と、彼女は嬉しそうにいろんな話をしてくれた。
「とんなん書くん?」
「BLものなんですよ。そっち系のイラストをかける友達が協力してくれるし!」
ちらっとだけ見せてくれた挿画は、とても素人が描いたとは思えない立派なものだった。
読ませてくれた彼女独創の詞も、心を揺らす切なく苦しいもので、BLというマイノリティの心情が深く伝わった。 
「どこかに応募するとか、公開するとかすればいいのに」
自分だけで楽しむにはもったいないと思えたので言ってみた。
「noteに出してますよ!」
「note!」
恥ずかしいからと彼女は自らのペンネームは教えてくれなかったが、いつか見つけられればと期待しながらワンタイムで店を出た。

⑤ロッカー
翌朝は早起きし、少し離れた土地にある日本武尊ゆかりの地を訪ねることにした。
私と日本武尊の関係については↓を読んで見てもらえるとありがたき。

今回は出張中にふと思い立って組み込んだ聖地巡礼だったので、スーツに革靴という、歩くには少し難儀するスタイルではあったものの10キロ程度であれば問題なしと予定どおりにホテルを出た。
ただ、荷物は邪魔なので駅のロッカーに預けようと思いロッカーを探してみたが、キャリーバックを収納できるサイズのロッカーがどこも空いていなかった。
巨大なターミナル駅なので、ロッカーはいくつかに分散してあるようで、私は探しに探して3ヵ所目にしてようやく、大きめサイズのロッカーが空いていたことに安堵してそれを預け、手ぶらでかの地へ向かうことが出来た。
無事に目的を果たし、在来線で小一時間をかけて巨大ターミナル駅に戻ると、預けていたバックを受け取るためロッカーへ向かった。
たくさんの人が行き交うターミナル駅。
急ぐ旅ではないのに、なぜか早足で人をかき分けロッカーへ向かう。
そのロッカーは通路に面して設置されていたわけではなく、細長い小部屋のようになっている。
人一人が通れる程度の細長いそのスペースに入るところで、ダメかぁと笑いながら二人組の女の子が出てきた。手にはそれぞれが大きめのバッグを持っているので、一見して大きめのロッカーが空いていなかったのだと察しが付いた。
それは、朝の私と同じ心情。なんで小さいロッカーばかりで大きいロッカーが少ないんだ!という嘆きと、このバッグを持って出歩かなくちゃならんのか、というあきらめ。
「デカイとこ一個空くぞ」
私は視線を自分のロッカーに向けたまま、少し大きめの声で言っていた。
「えーーー!ありがとうございます!!」
彼女たちにもしっかりと聞こえていたようでホッとした。
「チョーラッキー!」
「よかったね!」
高揚した声色で彼女たちが交互に言い合うのを横目に、私は自分の荷物をロッカーから取り出した。
「君たちの荷物が入るかどうかは知らんけどな」
私はそう言ってロッカーの扉を空けたまま、彼女たちが荷物を入れるのを待った。嬉々として荷物を収納する彼女たち。
「これからどこへ向かうの?」
口から出掛かる言葉を飲み込んで私はスーツのポケットにしまっていた小荷物を鞄に移し替え、それが終わるとロッカー代の支払いをしている彼女たちの横をすり抜け小部屋を出ていった。
「本当にありがとうございます!」
背中越しにもそこに笑顔が伴っていることのわかる声を耳にして、私は片手を上げて新幹線の改札へ向かって歩いた。
「よい旅を」
それくらいのことは言っておいてもよかったな。
そんな後悔が心をよぎる。

⑥こだまする
あとは帰るだけになった旅。
時間を決めていなかったので指定席はとっていない。私はのぞみ号の自由席がある三両側へホームを歩く。
想像通り、そこには長蛇の列。
一本遅いのぞみ号にしたら座れるのかもしれないが、座ったところで満席ののぞみ号では気持ちも混雑してしまいそうで嫌だった。
ふと、隣のホームの発車案内を視界に入れると、直後にこだま号の出発が迫っていることに気が付いた。
こだま号で長距離移動をしたことは以前にもあったが、各駅でのぞみ号やひかり号に追い抜かれる時間が多く、だから遅いのは当然なのだが、それで疲れてしまったのも事実なので二度と乗りたくないなと思っていた。
だから私は自由席で都市間を移動する場合、のぞみ号より幾分の空席があるひかり号を選んで使うことが非常に多い。
だが、このタイミングでのひかり号はしばらく便がなさそうだった。
二晩続けて飲み過ぎたし、今日はたくさん歩いたし、ちょっと寝たいよな。
そう思った私はのぞみ号を待つ列から飛び出し、隣のホームのこだま号を待つ列へ場を移した。
その直後、ほんの数秒だったと思う、本当にその直後、私と同じようにのぞみ号の列からこだま号への列に移ってきた小柄な女性が私の後に並んだ。
私は少し驚き、彼女に視線を送る。
濃い緑色のセーターを身にした上品なOL風の落ち着いた雰囲気の、小柄な女性と視線が合う。
「のぞみは混んでるもんね」
私はそう声をかけ、急いでるわけじゃないしと言葉を続けようとして思った。もしかしたら彼女は単純に並ぶ列を間違えていただけなのかもしれないな、と。
のぞみ号の停まらない駅が目的地だったのかもしれない。だとしたら私の声掛けは恥をかかせることになるかもしれないと思い、私は黙って彼女から視線を逸らした。
私たちは黙ったままこだま号が入線してくるのを待ち、それが到着すると、私は自分の掟に従ってガラガラの車内で山側の席をとり、彼女も私の二列前の山側に席をとった。
長い車内になる。
私はコートを脱いでいると、二列前にいる小柄の彼女が目一杯に腕を延ばして荷物棚にキャリーバックを載せていた。きっと、シートの下を覗き込むと踵も目一杯に上げて載せているのだろう。
「手伝いましょうか」
そう声をかけたくなったが、無事に荷物が荷棚に収まると、なぜだか私は安心して自分のキャリーバックとコートを荷棚に載せてシートに収まった。
しばらく車窓を眺めていたが、浜名湖を見ることもなく、気が付いたときには新横浜駅が近付いてきていた。車内はいつしか満席に近くなっていて、多くの人が荷棚から荷物を下ろそうとしている。
ふと焦って二列前を探してみる。
小柄な彼女もまだ、この列車に乗っているようだった。
やっぱり声をかけてみればよかったかなと、微かな後悔が過る。
別段、どこで誰に声をかけようとも、そこから先、何かがはじまるかはあくまで縁の世界で、下心だけで接点を持とうと思っているわけではない。
たまたま今回はその対象が女性はがりだったわけだが、私はタイミングさえあえば老若男女の誰であっても気軽に声をかけてしまう癖がある。
きっとそれは、そうして助けられ続けてきた若い頃の海外放浪の拾得物だったのだろう。
しかしどことなく、それをしにくくなっている昨今。
それが時代のせいなのか、あるいは自分の年齢のせいなのか。さらにいうと、今回の対象がみな若い女性だったからなのか。
なんだかおもしろい出来事を自分から遠ざけてしまっている気がして仕方がない。


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