「君に届けたかった言葉」

冬の冷たい風が吹き抜ける街角。白い息を吐きながら、**中川美咲(なかがわ みさき)**は駅前のカフェで待っていた。カフェのガラス窓の外には、街路樹に飾られたイルミネーションが静かに輝いている。時折通りすぎるカップルたちは幸せそうに笑い合い、その姿を見て美咲は胸が少し痛んだ。

「今日で終わりにしよう」

彼女はそう決めていた。今日という日が、過去を清算する最後の日になるはずだった。

美咲は27歳。2年前、最愛の人と別れて以来、恋愛というものから遠ざかっていた。彼の名前は藤井拓海(ふじい たくみ)。二人は大学のサークルで出会い、自然な流れで恋に落ちた。大学時代から7年という長い時間を共に過ごし、結婚の話も出始めていたが、彼の突然の転勤と多忙な仕事により、二人の距離は次第に広がっていった。

遠距離恋愛を続けるうちに、彼の態度は変わり、次第に連絡も減っていった。美咲は何度も彼に会いに行ったが、彼の心は次第に冷たくなっていった。別れの予感を抱きながらも、美咲はそれを受け入れることができずにいた。

そして、別れは突然訪れた。最後に会った日のことが、今でも美咲の心に深く刻まれている。


2年前――

美咲は新幹線に乗り、彼が住む遠くの街まで来ていた。仕事が忙しい彼に会いに行くことが、美咲にとって唯一の楽しみだった。

「久しぶりだね、拓海。」

会った瞬間、彼の顔を見て美咲は何かが違うと感じた。いつもより疲れていて、笑顔が少なかった。そして、その予感は的中した。

「美咲、話があるんだ。」

拓海は静かに口を開いた。

「ごめん、俺たち、もうこれ以上続けるのは無理だと思う。」

美咲はその言葉を一瞬理解できなかった。

「…どうして?まだやり直せるよね?遠距離だって、今まで頑張ってきたじゃない。」

「もう限界なんだよ。俺は仕事が大事だし、君を待たせることしかできない。これ以上君を苦しめたくないんだ。」

拓海はそう言って、美咲の手を握らなかった。いつもとは違う冷たい手。その手を、美咲はただ見つめるしかなかった。

「私は待てるよ。ずっと待ってるよ。」

美咲は泣きながら懇願したが、拓海は首を振った。

「ありがとう。でも、これ以上君を傷つけたくない。俺たち、もう終わりにしよう。」

その言葉で、彼との7年間の関係が終わった。


それ以来、美咲は恋愛を避けるようになった。彼を忘れたわけではなかったが、過去に縛られて新しい一歩を踏み出すことができなかったのだ。


現在――

そんな美咲に、数日前、拓海から突然連絡が来た。

「久しぶり。話がしたいんだ。会ってくれないか?」

あの別れ以来、音沙汰がなかった彼からの連絡に、美咲の心はかき乱された。何を言われるのか、何を話せばいいのかもわからなかったが、彼との過去を整理するためにも、会うことを決心した。

そして今日、彼を待ちながら、美咲は深く息をついて気持ちを落ち着かせようとしていた。


カフェのドアが開き、冷たい風と共に藤井拓海が現れた。彼は少し痩せていたが、顔立ちは変わらない。あの日から2年が経っているというのに、彼を見た瞬間、胸の奥にあった感情が蘇ってきた。

「久しぶりだね、美咲。」

「うん、久しぶり…」

ぎこちない空気が二人の間に漂った。席に着くと、彼は少し緊張した様子で口を開いた。

「突然の連絡で驚かせてごめん。どうしても君に伝えたいことがあって…」

美咲は黙って彼の話を聞いた。拓海が何を言いたいのか、彼女にはまだわからなかったが、何かが心に響いていた。

「実は…あの時、俺は仕事のことばかり考えていて、君のことを本当に大切にできていなかったんだ。忙しさに追われて、君を待たせるのが嫌で、自分勝手な理由で別れを選んでしまった。だけど、後になって気づいたんだ。俺にとって君がどれだけ大切だったか。ずっと、君のことを考えていた。」

美咲はその言葉を聞き、胸が締めつけられた。あの日、自分を置き去りにした彼が、今さらそんなことを言いに来たのかと思うと、複雑な感情が込み上げてきた。

「…じゃあ、なんであの時言ってくれなかったの?私はずっと待ってた。あなたのことを信じて、会いに行って、でも置いて行かれたんだよ。」

拓海は悲しそうな顔をして、黙った。彼もまた、当時の決断を後悔しているのだろう。しかし、それを知っても、美咲の心は簡単には癒えなかった。

「本当にごめん。俺が間違っていた。もし許してもらえるなら、もう一度やり直せないか…」

その言葉に、美咲は目を閉じて深く息を吸った。彼を愛していたし、今もその気持ちは完全には消えていなかった。でも、過去に戻ることはできないという現実が、彼女の心に確かに響いていた。

「もう、遅いよ…」

美咲は静かにそう言った。

「私は、あの時確かにあなたを待っていた。でも、その時にあなたがいなかったことが、私を変えたんだ。今さら戻っても、きっと同じようにはなれない。だから、もういいの。」

その言葉に、拓海は目を伏せた。彼もまた、その答えが自分にとって何を意味するのかを理解していた。

「そうだよね…君の気持ちを無視していた俺には、そう言われるのが当然だ。でも、伝えたかったんだ。君への気持ちは変わっていないって。」

美咲はその言葉に頷いた。彼の誠実さは伝わったが、それでも自分の中で新しい一歩を踏み出すことが必要だと感じていた。

「ありがとう、拓海。あなたがそう思ってくれているのは嬉しい。でも、私はもう、過去に縛られないようにしたい。あなたのおかげで、私は前に進むことができるんだと思う。」

拓海は苦笑しながら、そっと頭を下げた。

「本当にありがとう、そう言ってくれて。君が幸せになれることを、心から願ってるよ。」


その夜、美咲はカフェを出た後、冷たい冬の風を感じながら歩いた。過去に戻ることはできなかったが、心の中には不思議と穏やかな気持ちが広がっていた。

過去を乗り越え、新しい未来へ向かうための最後の言葉を交わした。拓海との別れは確かに苦しかったが、それがあったからこそ、自分は強くなれたのだ。

「ありがとう、拓海。私も、あなたの幸せを祈ってる。」

美咲はふと空を見上げ、夜空に輝く星々を見つめながら、静かに微笑んだ。彼との思い出を胸に抱きながら、これからは自分自身の未来に向かって歩んでいく決意をした。


それから数年後、美咲は新たな人生を歩んでいた。過去の恋愛が彼女を強くし、そして彼女はもう一度恋をする勇気を持つことができた。彼女の胸には、拓海との思い出が大切にしまわれていたが、今ではそれが彼女を前に進ませてくれる原動力になっていた。

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