小説 「トパーズ」
あらすじ
「明後日、彼は浮気するよ」
夢に現れた見知らぬ女。その言葉に翻弄される私と何も知らない彼の二日間の記録。
ご了承のお願い
本文中に性的描写(成人向け)があります。
スパムなど防止のため、大変心苦しいのですがコメントは内容を問わず全て削除させていただきます。
トパーズ
「明後日、彼は浮気するよ」
女は確かにそう言った。夜とも朝ともつかない薄暗さの中、目鼻立ちはよく見えないまま。
ただ、真っ赤な唇だけは覚えてる。
あの夢はなんだったんだろう。たかが夢、されど夢。なんとなく穏やかではない気持ちで私は彼を待つ。
「酒井さん、まだ残るの? 戸締りよろしくね。鍵は事務室に返しておいて」
「はい」
准教授は私に鍵を預けてさっさと帰って行った。上品なグレーのロングコートが揺れてる。
もうすぐ年末だ。夕暮れも終わりかけの今、研究室に溢れるのはオレンジの陽光。
「遅いな、俊」
ひとりごちる私はスマホを取り出してSNSチェックを始めた。推し活用のアカウントにまた嫌なコメントが来てる。新規のくせにだとか、お金落としてないとか。誰彼構わずそうやって絡むアカウントだから最近は気にしてないけど。
「好きに推させてよ……」
人を小馬鹿にしたあっかんべーの絵文字がシャクに触る。何回目だろう、しつこいな。ため息をつきながらコメントを非表示にした。
「失礼します」
「あ、はい」
ノックの音に、慌ててスマホを伏せた。
「俊! いらっしゃい」
「莉子の研究室、初めて来た」
「そうだっけ?」
うん、と返事しながら楽しげに機材や本棚の隙間を歩き回る俊。
「中入ったの多分初めてだよ。これ何?」
「撹拌するの」
「へえ、これうちの研究室にない。こんなでかいの」
「でしょ」
俊は同じ学科の一つ上の先輩だ。彼と初めて話したのは、入学して間もない親睦会。場所は繁華街の端の方にある居酒屋だった。
「すみません、これって席決まってるんですか?」
「さあ? 好きにしていいんじゃない」
彼が立ち尽くす私を見上げた時、「美形!」と心の中で叫んだ。くっきりした目鼻立ちでモテるに違いない。だけど、捉えどころのない返事も相まって冷たそうだというのが第一印象だった。
「ここ座れば」
俊、当時の私からしたら「先輩」は脇に置いていた自分のブルゾンをぐいっと引き寄せて私の場所を作ってくれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
ニコッとした顔は私の好きなアイドルにどこか似ていた。涙袋が膨らんで、一気に親しみやすい雰囲気になる。そんな不純な理由とても人には言えないが、惹かれたのだから仕方がない。
彼の「浜里俊」という名前を知って、話題がなかった私は
「海の近く出身なんですか?」
と尋ねた。
「えー」
ケラケラ笑い声が響いた後、意地悪そうな笑顔がぐいっと私に近付く。
「天然って言われない? じゃあさ。酒井さんは実家が酒蔵なの?」
「えっ……いや、すみません。梅酒は祖母が作ってますけど」
「梅酒。いいね、俺好き」
変なこと言って失敗した。ようやく状況が飲み込めた頃、「先輩」は店員さんにビールを注文した。
多分梅酒が好きっていうのは私に気を遣ってのことなんだろう。それでもなんとか話すチャンスを掴みたくて、実家に帰った際に梅酒を分けてもらったのは九月のこと。
「本気で持ってきてくれたの?」
「あんまり好きじゃなかったらいいんですけど……」
彼の研究室の入り口でモゴモゴと口籠る私。両手に抱えた瓶が一気に軽くなる。
「ありがとう。いただくね」
翌週、廊下で会った際に彼は私を夕ご飯に誘った。連れて行かれたのは海鮮の専門店。
「あい! 二名様ご来店でーす!」
と威勢の良い声が響く。座った席からは大きな水槽が見えた。大きな魚に、海老もちらほらいる。
「まあこないだはああ言ったけどさ、海の近くで育ったのは本当」
そう言った後、先輩は照れたように顔をそらした。隠すようにかざした手の奥で、唇は緩やかな弧を描いている。
「いきなり連れてきちゃったけど、酒井さんはそもそも魚大丈夫?」
いきなり気弱になるから、私はこの男の人を「可愛い」と思った。やっぱり優しいとも。
そんな風に出会って、念願叶って付き合い始めてからそろそろ一年になる。一緒に帰ってそのまま彼の部屋で過ごすことも増えた。
「莉子が戸締りするの?」
「うんそう、今日はね。鍵預かってる」
バッグの中で手をぐるぐる動かすけれど、一向にそれらしき触感がない。鍵、鍵、と困惑する私はついにお目当てのものを探し当てた。
「大事だからってわざわざ横のポケットにしまい込んでた」
「さすが。ちゃんとしてるじゃん」
「してないよ。いつも私そうなんだ、自分で自分を困るようにしてしまう」
「そんなことないって」
あは、と短く笑う俊は幸せそうだった。不意に、夢の予言を思い出す。
この人がもうすぐ浮気をする?
あり得ないと言い切りたい。だけど、なぜかそれは夢に出てきたあの女に断言しなければならない気がした。そうしないと、現実になってしまうような。
「何か食べてく?」
駅ビルを通り抜けながら彼は軽く首を傾げた。
「うーん」
「うどんなら俺のとこに買い置きあるけど。それでもいいなら」
いいね、と口にしながら私の足が止まる。雑貨店に綺麗なネックレスが並んでいたからだ。いつもはだいたいルームウェアかトートバッグがある場所。最近アクセサリーを買ってないこともあって、それらは私の興味を惹いた。
「見て行ったら?」
「うん……いい?」
「いいよ、ゆっくり。俺急がないし」
サテンが敷かれたテーブルの上、黄色の石に目が行った。「トパーズ:宝石言葉は友愛、希望、潔白」とコメントカードが掲げてある。小ぶりではあるけれど本物らしい。指先でツン、としてみる。ハイブランドよりはずっと安いから手が届かないこともない。「欲しいな」と思いつつ見ていたら俊が
「これ?」
と手に取ってお店の奥に向かった。三分ほどして戻ってきて、
「はい」
私に手渡される小さな紙袋。
「いいの?」
「高いのじゃないけど」
「ありがとう、いっぱい着けるね」
歩きながら私達は自然と手を繋いだ。俊の部屋に着いて、私がブーツをもたもた脱いでいる間に彼は暖房をつけた。
まだ夕食という時間ではない。課題のレポートをすることにした私達はこたつに入って、卓上をタブレットやらテキストやらノートやらでめいっぱい散らかした。
「こたつやっぱりいいよね」
「莉子も買えば」
「うーん……でもだらしなくなりそう」
「それはある」
画面を見つめたまま、俊は深く頷いた。
温まっていく足先と、苦しみながらも埋まっていくレポートの文字数。夢のことを忘れてしまいそうになった。実体もない、確証もないトゲだ。なのに自分の中でなかったことにしてしまえないのは、どういうわけだろう。
「私キリのいいとこまで来たからうどん茹でてくる」
「ありがとう」
冷蔵庫を見たら確かに冷凍うどんはあった。けれどトッピングにできそうなものは何もない。途中でかまぼこか卵でも買ってくれば良かったなと悔やみながらお湯を沸かした。
冷え冷えの白い塊を投入するとみるみるうちにほぐれていく。大きめの丼を出して、
「できたよ。あ、でもテーブル片付けなきゃ」
と私が言うと
「ん……分かった、ちょっと待って……」
俊は開いたテキストや付箋の束を抱えようとした。ぐちゃぐちゃなようであれらはちゃんと並んでいること、私は知っている。食べ終わった後でまた配置するのも面倒だ。
「待って! もうここで食べない?」
二人台所に立ち、麺をすすることにした。だらしない夕ご飯。そう笑い合いながら全く反省してない。特に派手なこともしない、とりあえず単位はなんとか落とさない、そんな私達にはこのくらいの逸脱が限界だ。
具なしうどんはもちもちして案外おいしくて、少し汁を啜っては小さく頷いた。
「俊、スマホ鳴ってない?」
「鳴ってるね」
部屋に取りに行こうとした私を彼が追い越す。画面を見るなりさっと手で覆うのを、私は見てしまった。
ずっと遠くだったはずの夜が、真っ黒と静けさが、今まさに降りてくる。お風呂を借りると俊のスエットも貸してもらって、裾を二段折り曲げた。
少し狭いけれど二人同じベッドに入る。横たわってしばらく経つと、後ろから伸びてくる手。相手の意思を確認するために軽く体を動かして、それでもやまないから寝返りを打つ。
「俊」
「ん……嫌?」
向き合った彼の顔は、いつもの自信があってどこか掴めないような感じと違う。私を抱く前はこの顔をするんだ。学校で見る顔とも、喫茶店でバイトしてる時の顔とも違う。だから私はそれを逃さない。
「いいよ」
しよ、と後押しで囁いた。小さい子が協力して悪戯をするように笑い合って、それから唇を重ねる。少しひんやりした粘膜が触れ合って、深くなって、離れる時には水音が響いて。
布団を背負うようにして、俊は寒くないか何度も聞いた。私も彼のを舐めようとしたけれど、そこまでしなくていいと言う。
「でも、私、ばっかり、あ、」
天井を見つめて、時に仰け反り途切れながらも話した。
「気持ちいい、あ、だめ、」
「どうして?」
「だって私だけ楽しんでる……」
「そう? 俺も楽しいんだけど」
「でも……あっ、あう、」
軽く身を起こし、私の下腹部に埋まった彼の頭を両手で包む。舌が動いてる。ちろちろと弱い箇所ばかりを往復して、肉芽を押し潰す。
「あ、でも、私も、する」
「うん、だから。気持ちよくして? ちょっと待っててね」
「うん」
そり返るほど逞しくなった彼のものに目をやる。俊はいつもゴムを着けてくれるんだ。着けている最中はあまり見ないでと言うけれど。
「で、莉子も気持ち良くしてくれるんだよね」
閉じていた太腿が再び開かれて、
「ん、」
と辛うじて隠そうとした右手は掴まれてしまった。
「だめ」
「んんっ……」
擦れながら、彼が中に入ってくる。
「ねえ、ゴム着けたんだよね」
「着けたけど……」
まだスローペースだ。ゆっくりとそれが抜かれ、ぬちゃっと音がする。
「なんか、音が。着けてないみたい」
「ああ、濡れてるからでしょ。莉子が」
すっかり自信に満ちた彼らしい笑み。曖昧に「そうかなあ」と呟くと、ますます彼の目が細められた。早くなった腰遣いに、なす術もなく揺さぶられる。胸の先端を指で転がされて、
「あ……好き、」
と思わず声が出た。
「これ? これ好きなの?」
彼の汗ばんだ額に前髪が一房張り付いている。悪戯に両方を摘んで、
「どっちが好き?」
囁くような小声、それでも語尾は空気が震えるほど低く聞こえた。
「どっちも、あ、」
「すっごい敏感……胸だけでいってみようか? いけそう」
「あ、だめ、そんなしないで、あ、」
追い詰められた私は、彼の両手首を掴んで拒みながらも達してしまった。彼も限界が近かったのか精を吐き出す。
だるくて横になって寝てしまいたかったけれど、確かにびしょびしょになっていたのでトイレで拭いてからベッドに戻った。
「痛くなかった?」
「うん」
俊は優しく私の顔を両手で挟んで、嬉しくてたまらないという顔でキスをした。もう一回したいのかなと勘繰るくらいの笑顔だった。
ぴったりくっついて、眠くなるのを待つ。先に俊が眠りに落ちてくれたことを、幸いに感じた。
こんなに仲がいいのに、浮気するなんて嘘だ。眠るのが怖い。またあの夢を見そうで。
結局一時過ぎまで私はスマホをいじっていた。友達から「レッドのリップ買ったけど似合わなくて。ほとんど使ってないからもらってくれない?」というメッセージが来て、「OK」「ありがとう」のスタンプで返事。それから朝まで熟睡して、夢は見なかった。
「今日も来る?」
朝、学校の支度をしながら俊が聞いてきた。
「俊、夜はバイトじゃなかった?」
「中番だからそんなに遅くならないよ」
朝の真っ白い光に照らされる彼の髪が綺麗だ。なんだか眩しい。
「そっか。じゃあ私来てもいいの?」
「うん。先に入ってて」
「はーい」
合鍵は持ってる。学校が終わってから、俊の部屋で待つことにした。
「さて、と」
本棚や洗面台の裏の棚など、他の女の影がないかチェックしていく。参考にするのは探偵のブログや恋愛コラム。やりたくないけれど、やっぱりあの夢が気になるのだ。
「一通り見たけど、何もないな」
おいしいパン屋さんのガイドを見つけたので、こたつで読んでいたら俊が帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり」
彼が嬉しそうに掲げているのはビニール袋。
「すき焼き弁当。角のお弁当屋さんの。食べる?」
私は何をやってるんだろう。こんなに優しい彼を疑って。むしろ自分からトラブルを求めているのではないか。そう反省した。
甘い白菜と、噛めばじゅわっと甘辛さが溢れる牛肉。少し冷めたご飯と、まだ熱々の豆腐が好相性だ。俊も喋らずに無心で食べている。
ご飯を済ませてお風呂を溜めている間、なんとなくテレビをつけた。
「あ、」
推しているアイドルがCMに出ている。俊がこの人に似ているから初めて会った時に湧き立ったなんて、そんなことはもちろん秘密だ。だけど、見れば見るほど似てるなとちらりと傍の彼を盗み見る。
「俊、この人に似てるよね」
「そう? 俺こんなにかっこよくないよ」
「かっこいいよ! 似てるって」
「こういうのが好みなんだ」
恥ずかしくなって、私は曖昧に笑ってごまかした。
「リアルに付き合いたい?」
「いや……私には俊がいて」
「仮定、仮定の話」
「えー」
こんな会話をした後、深く後悔した。「あなたがいい」と迷わず言うべきだったのだ。これが原因で不満に繋がって、浮気されたらどうしよう。あれはたった一度の夢なのにこんなに深くまで入り込んで、もはや私の思考を支配している。
つまりはいつだっけ、明後日浮気するってことは。今日が二日目。日付が変わったらもう「その日」ということで。
家から持ってきたスキンケアの小瓶をガチャガチャと倒しては起こして、その繰り返し。なんだかすっきりしない。温まった部屋だけど、指先はなぜだか異様に冷えていた。
「お風呂沸いたよ。今日一緒に入る?」
特に何も企んでないというプレーンな表情で、俊がタオルを持ってきた。
明るいお風呂場で、互いにお湯を掛け合う。
「見てる……」
「莉子、綺麗な体だから。見るに決まってるでしょ、俺だって男だよ」
まだ柔らかくだらんとしている彼のものに触れてみる。
「ちょっと勃っちゃった」
照れ笑いをして、それでも彼は私の手を掴んでもっとしっかり触らせようとした。
「こう?」
体の反応に比例して、呼吸も乱れる。少し震えるまぶた、それから細い声とも呻きともつかない音。
「もういいよ、」
俊は自分から触らせたくせに私の手をどけると、その後は体を洗ってくれた。小さい子にするように丁寧に。窓のないバスルームだ。狭い空間で、私は彼に抱きついてぴったりと肌をくっつけた。
「我慢するの? 辛くない?」
「あがってからゆっくりね」
つまらない。不満そうな私を見て俊は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
伸ばしっぱなしの髪はなかなか乾かない。お風呂から出た後、私達は髪を乾かすのもそこそこにベッドにもつれ込んだ。もしかしたら昨日送信したレポートに、最悪の評価が届いてるかもしれない。昨日と同じようにまた、俊のスマホが鳴ってそれを手で隠されてごまかされるかもしれない。でも何もかもどうでもいい。少し厚い唇、石鹸の匂いが濃く残る肌、それから硬い部分にキスをしたい。夢中で互いをなぞり合った。
ああ、ああ、と制御できずにだらしない声が漏れる。彼は胸の膨らみを鷲掴み、頂点に指先を這わせた。途中で唾液をつけて、もっとゆっくりと。
「んん、あ、気持ちい、いく、あ、」
「まだだーめ」
ちゅっと短く吸われて仰け反った。そうしているうちに脚の隙間に彼の右手が差し込まれ、上へ上へと伝って、割れ目の両脇を摘んで刺激する。
「これどう? 痛くないでしょ」
「うん、あっでも」
「何?」
「直接触っていいよ……」
こう、こうだね、こんなにされていっちゃうんだ。
耳元で優しい声が問いかける。答えの出ている問いだ、当然ながら。
「ああ……好き……」
覆い被さる彼の首に手を回して、
「来て」
と強請る。私の体を開いていく時、俊は企みがうまくいったかのような笑みを浮かべていた。全部入って、奥まで着いたと感じる。満ちて、だけど。息苦しい。
「あっ俊、」
部屋の真っ暗闇に「いじめないで」と絞り出した声は吸い込まれていきそうだった。
「いじめるわけないじゃん、可愛い莉子を」
彼の目は光っている。獲物を狙うような輝きをしてる。
「好き、好き」
「どうしたの」
黙ってる私に「俺も好き」と呟くと、彼は私に四つん這いになるように言った。
終わってから、ポーチにしまっていたトパーズのネックレスを取り出した。昨日彼に買ってもらったものだ。
「寝る時に着けるの?」
一緒に歯磨きをしている時、俊が気付いた。
「着けたいの。もう寝るね、おやすみ」
「おやすみ莉子」
何事もなく今日が終わろうとしている。やっぱり夢は所詮夢だったんだ。こんなに心をかき乱されてはたまったものではない。あの女にまた会ったらもう許さない。対峙して抗う勇気が欲しくて、トパーズをいじりながら横になった。
こんなに興奮して大丈夫かと思ったけれど、案外早く眠りに落ちて目の前にはあいつがいる。薄暗くて顔はよく見えないのに、「来たんだ」と言われた気がした。
「好きなの? 俊のこと。だから私にあんなこと言って」
答えたのは嘲笑を含んだ声。
「好き」
「あなたには渡さない」
余裕そうだった女が突然たじろいだ。相変わらず表情は見えないが。視線を感じた自分の鎖骨辺りをまさぐると、不思議なことに夢の中でもトパーズのネックレスを着けていた。黄色いとろみのある光が強くなり、眩しいくらいに周囲を照らし出す。
「これ? これが怖いの?」
背中を向けて去ろうとする女を追いかけた。
「待ちなさいよ」
奥に行くほどに暗くなる。闇に逃げ込もうとする女の背にトパーズをかざした。ポニーテールが揺れて、首の後ろのほくろが照らし出される。
「また来る」
確かにそう聞こえた。
ぱちっと目を覚ますと横には俊が寝てる。時計はまだ真夜中前。
また来るという言葉を何度も反芻して、腹が立つやら気持ち悪いやら。こちらとしては私を不幸にしたがる誰かという情報しかないのに、あいつは私を知ってる。
ため息をついた私に気付いたのか、俊が寝ぼけながら
「どうしたの?」
と尋ねた。私に背を向けて寝ている彼の首に、ほくろがあることに初めて気付いた。
「あ、ここほくろあるんだ」
「どこ?」
「ここ、首の後ろ」
温かい肌に触れて指し示す。
「莉子にもその辺にほくろあるよ」
「本当?」
寝返りを打った彼が私の首筋をツンとした。
「ほらここ」
あの女と同じ場所だ。
訳が分からなくなって「うーん」とうなった。
「ほくろが気になるの?」
「うん……夢で。嫌なの見て」
俊は微笑んだ。慈しむような笑顔だった。
「怖い夢? 大丈夫、寝よ」
サイドテーブルに置かれた俊のスマホが光って、持ち主より先に手を伸ばす。
「なんか来てるよ」
画面を正視できずに声を絞り出した。
「いいよ、バイト代わってってメッセージでしょ」
「そうなの?」
「頼み込まれてて、昨日も来てさ。何度代わったと思ってるんだって、今回流石に断った」
泡のように押し潰されて迷いが消えていく。こっちの世界が本物でありますように。そんな風に願いながら、私は彼の腕の中で再び眠りについた。