胎児の炎[こ:固形燃料]
ッシュボ……
シュボッシュボ……
そこここで炎が上がる
「よっし!こんなもんだろ」
ケイスケは満足気に言った
「ホントにやるの?」
怯えた顔のミツオはメガネを押す指すら震えていた
「当たり前だろ?これをやらずに夏を終えれるかよ。去年は海水浴行った先でやる予定だったのに、色々あってできなかったからな」
中学生の僕らは夏休みの最終週、百物語をすることで現実から目を背ける最後のあがきに入っていた。
夏とはいえ夜の墓場は少し冷える。
そんななか固形燃料の温もりを頼りに異形の者たちすら集まってくるのを感じる。
「てか、ふつう蝋燭だろこういうのは。」
「仕方ないだろ、うち旅館やってるからさ、結構余ってるんだよ」
旅館で固形燃料が余りがちなのは本当だが、それは建前だった。
「ちょっと怖くなってきた」
ずっと以前からビビり散らしてたミツオは今さらのようにそんなことを言って僕らを交互に見た。
「ねぇ、やっぱやめようよ」
「ミツオ、最後の夏なんだから付き合ってくれないか?、それに二人は来年には遠くに行っちゃうんだろ?」
「……ヨシユキはこっちに残るの?」
「うん、母さんが心配するし」
「それで、固形燃料といえばさ」
僕は最初に話し始めた。
今日まで何度もシミュレーションしてきた。ここでけりをつける。
ああ、二人がこっちを見ている、怖いでも話さなくちゃ、いや怖い。
「固形燃料といえば?」
ケイスケがといかける。
逡巡の後、僕は話を続ける。
「固形燃料といえばさ、家のじいちゃん戦後ずっと固形燃料を作って売ってたらしいんだ。今の旅館はそのときに築いた財産で建てたらしい。」
僕は二人を交互にゆっくり見た。
「でも、戦後貧しい時代だろどうやって原料の油を調達してたと思う?」
「わかんねぇけどよ、盗んできたとかじゃねえの?」
「まあ、ある意味正解だな。戦後間もない頃だ、当時そこらじゅうに栄養失調で死んだ死体が転がっていた」
「え、それってもしかして。」
落ち着きなくメガネを上げ下げしていたミツオは顔をひきつらせる。
「そう、盗ってたんだよその死体から。」
二人は何をいっていいのかわからないみたいでシーンとした空気が流れた。
「まあ、当時は口減らしとかも普通にあった時代だから無理もないけどな。」
「じいちゃんが生きてた頃大切に一個だけとってあるのを見せてもらったことがあるんだ。全体的に黄味掛かってて、ところどころ血みたいな赤っぽい斑点があってなんとも。おぞましかった」
「お、‥おじいさんもよくそんなもの残しとく気になったね」
とおるは、自分が声を出すのすら怖いみたいで、震えている
「それがな、この話には続きがあるんだ…
じいちゃんは僕のことを凄い贔屓してたんだ。それはもうあからさまに。
それで、死ぬちょっと前くらいになんでそんな可愛がってくれるのか聞いたことがあるんだ、そしたら僕が僕の伯父が小さい頃に俺が似ているらしいんだ。」
「まあ、血の繋がりがあるんだしそういうこともあるよな。」
ケイスケは怪訝そうに口を挟む
「違うんだ、居ないんだよ」
「へ?」
「僕の母さんはは女姉妹でしかも長女だったんだ。」
「え?それって」
ミツオはなんとなく察しが着いたらしい、ケイスケはよく分かってないみたいだったが、空気に圧されて神妙な顔をしている。
僕は二人の顔を交互に見てソレを取り出した。
「それでこれがその固形燃料」
僕はヌラヌラと光るそれを二人の前に置いた
「マジかよ。普通持ってくるか。」
「これさ、今でも火付くのかな?」
ミツオは自分の口をついて出た言葉の意味を自分で理解して慌て出した。
「いや、なんとなく気になってさ。」
「試してみる?」
もともとそのつもりだ。
僕はライターを取り出して火をつける。
炎の周りにところてんのような空気が広がった。
それはどんどん膨れていき僕らを飲み込んでいく。
「!?」
気がつくと目の前に鯉がいた。こっちを見ながら、ところてんの海を泳いでいる。
この鯉はじいちゃんちで昔飼っていた鯉だ、じいちゃんが死んだとき池の水を抜くと口をパクパクさせて苦しんでいたのを思い出す。
すると、鯉の後ろで大量の蛍が飛び交った。
「うんぎゃー!うんぎゃー!」
そして、その風景の中で赤ちゃんの声が響き渡った。ケイスケもミツオもいよいよゾッとして顔面が蒼白になってる。
「んぎゃー、んぎゃー」
赤ちゃんの鳴き声はどんどんスパンが短くなり、徐々に歪んだ声になっている気がした。
そこで燃料の火が消えたんだ。
「あ、消えた」
僕の独り言は闇に溶けていく。
燃料の火と共に赤ちゃんの声も蛍も鯉もセミの声も、そしてケイスケもミツオも。
僕は消えた固形燃料をポケットに入れて家路に着く。
それ以来、僕は二人の墓にいくことはなかった。