サイダー
タイトルは↓から。
でも、イメージは↓から。
それではどうぞ。
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泥だらけの街で、恵美はぼくが知らない顔で歩いている。横にはしっかりとスーツを着込んでいる怜と二人で。不思議でも何でもなかった。彼女らはもうすぐ、夫婦になる。月明りは一切見せないまま、ただ人工的に作られた街の光が、ただただ祝福するかのように彼女たちを照らしている。ふいに、小さく光るダイヤの指輪を左手の薬指に付けて、インスタに写真を上げていたのを思い出す。それらはあまりにも下唇を噛む。ぼくではない、ということだけを突き付けられるたびぼくは泥の中へと引きずり込まれようとしている。
こうした時に、ぼくはこの街にまだ住んでいて良かったと思う。だって、知らない道をぼくはいくつも知っているから。そうすれば、ぼくはいつでもそこから逃げることができる。逃げることができれば、目を合わせることもなくて済むから。逃げることができれば、泥水のような思い出を思い出すことさえないから。
あの思い出から、もう3年以上になろうとしているのに、いまだに泥水が湧き上がろうとしてくるたびに、チクリと痛むものがある。本当はサイダーのような思い出になるはずだったそれらを汚したのは、ぼくが始まりだったということも、分かっているのだけれど。
夜道のネオンを何とか遠ざけながらぼくは家へと歩き続ける。ネオンとは程遠い場所へと辿り着くために、ただ何も言わずに、一人で。小さな路地をさりげなく入る様だけは、ぼくがこの何年という時をかけて一番に磨いてきたものだ。恵美とすれ違うことを避けるためだけに、何度も。そうすれば、知らない顔で歩いていた恵美を見ることも無い。そしてそのまま、ぼくはそのまま路地へと入って行く。見つかることさえないまま、静かに。別に追いかけていたわけでもなければ、勘づかれたわけでもない。
だけれど、一目でも会えばまた、泥水のように湧き上がってくるそれを抑えることさえできなくなることをぼくが一番分かっていた。多くの時間が経っても抑えきれないそれを、心の中に湧き上がるそれを。
たった一瞬でも声を聴いたり見たりしてしまえば、瞬間的に色鮮やかな世界へと戻ってしまう。まだ、本当につい先ほどの事のようにさえ感じられてしまうから、目を伏せて歩くだけのことがぼくにはできない。ましてや、目が合って得意げに手を振られることが無いように。近寄られて肩を叩かれないように。ぼくを守るためだけに知らない道をいくつも覚えてきた。月明りにさえ、見つけ出すことができない道ばかりをただひたすらに。月は、作られた光に阻まれていた。
恵美に好意を抱いていたのは3年も前のことだ。極めてありふれた好意で、極めてありふれた形で終焉した。当時からぼくは一人で、今と何一つ変わりがなくて。
一方で恵美には遥か年上の彼氏がいた。その彼氏のことを度々文句を言ったり、ただ、気が付いたらいつも二人でいて、いつもペアになることが多くて。周囲が勝手にそうしていた、というのもあるのだろうけれど、今思えば恵美にとってぼくは所詮、ただのジャンクフードと何も変わらなかったのだろう。少しばかり腹を満たすことは出来るが、それ以上でもそれ以下でもなく、彼女の感情の欲求をただ満たすことだけで終わる存在。結局のところ、彼女にとってぼくはその程度の存在でしかなかったということになる。それなのに恵美はぼくにこう言う。大切な人、と。表面だけの言葉にぼくは度々歓喜し、心を濡らした。
どうやって知り合ったとか、どうやって好きになったのか。その段階ははるか遠くに飛んでしまっていて、ただ確かなのは、気が付いたら好きになって、気が付いたら彼女のそばに居たい。その気持ちだけだった。ピュアで、明るくて、そして何よりも未完成で。それがあまりにも人として美しく感じられたのは、間違いのないことだった。だから、仮初の言葉であったとしても、ただ嬉しくて。ただ、ぼくは恋をすることをためらっていた。
ぼくが誰かを好きになると、ぼくの恋は誰かの娯楽になるから。それは初恋の時からずっとぼくに貼られ続けてきたレッテルでもあった。決してこれでも人間関係に苦しんできたわけではない。友達はそれなりに多い方だ。ただ、あまりにもぼくは人を好きになることを忘れてしまっていた。だからこそ、恋をすることがどういうことなのか、あまりにも欠落しすぎていたと今となってぼくは思う。それをこぼしたことがあった。
「大丈夫だよユウさん」
「何が」
「少しずつ、好きを増やしていけばいいんだよ」
「どうやって」
「こうやって」
ギュッと手を繋いだいつかの帰り道。二人で見てくれだけは高くて野球部のような声を出す居酒屋でしこたま呑んだ帰り道。あんなにシャンパンを飲んだのは人生で初めてくらいだったけれど、頭が酷く痛い中でぼくはされるがままに恵美と手を繋いでいた。小田急線の改札口まで送って行く時、彼女の手は小さくて。ぼくの手は冷たくて。繋がっていたいという彼女からの意思表示をぶんぶんと振りながら応えた。駅が、改札口が、過ぎていく人々が。すべて鮮やかに感じられたのは、きっとそのせいだ。家族以外の誰かと初めて繋いだ手は、帰り道一人微笑ながら歩かせるには十分すぎるものだった。空には煌々と月が浮かんでいたのを思い出す。娯楽で終わらせたくないと心から誓った。はずだった。そんな鮮やかで美しい瞬間は決して長くは続かない。空だっていつまでも青々とはしていない。分かっていたはずのことがぼくに突き刺さった。
「そんなに彼のことが好きなの」
「好き」
そうやって言葉を交わしたのはいつだったか。世界がカラフルに感じるようになってから、3カ月は経っていただろうか。春を少し過ぎていた公園のベンチ。ぼくはパーカーにジーンズで、サイダーを飲んでいて恵美は大学生とは思えないほど、少し大人びた服を着てホットコーヒーを飲んでいて。日が暮れていく様をただただ眺めながら話をしていて。
「そうか、好きなのか」
まるで、明日は雨なのか。とつぶやいてしまうようにぼくは、言葉をこぼした。そこから30秒くらい、言葉が続かない。
「ユウさんは、私のことが好きなの?」
「うん」
音さえも鮮やかになって行くのを感じながら。ぼくはいつからか、ピュアに恋をすることを忘れていた。そして、これが恋であるということさえも。いつからかあの時に見ていた夕焼けの美しさや、言葉、姿形に至るまで。ぼくはあの時、間違いなく細やかな部分まですべてに鮮やかさを感じていた。お互いに見返りさえない、純粋な恋。ただ、それは今この瞬間に潰えることを多分理解していた。日がどんどんと沈んでいく。
「そっか」
また、言葉が続かない。それからすぐ、まるで緊張を解きほぐすかのように恵美はこぼす。
「でもなー、ユウさんとはそういう関係に多分なれないよ」
「どうして?」
「好きな人、いるんだ」
「彼氏以外で?」
「うん」
そう言って振り返った彼女は、嬉しいような悲しいような。そういう顔をしていた。ぼくは驚いてから、目を細めて笑った。それが一番いいと、ぼくも思う。構わないと思いながら、知ってたとだけ返した。いつもぼくはそうやってのけ者にされてきた人間だから、どうにもそういう扱いに慣れ過ぎてしまっていた。感情は、いつだって打ち砕かれる瞬間に強く瞬き始めるというのに。日が暮れるときと同じように。
そのまま別れて、ぼくはまたネオンから遠く離れたアパートの中で、泣くこともできないまま一人でぼんやりとしていた。それから恵美とは疎遠になったつもりだったし、できるならば仕方ないよねという言葉で済ませることができればと思っていた。だけれど、どういうわけか彼女が居るところに度々別の人から呼び出されたり「恵美がいる」という連絡をもらうようになった。
そのたびに、ぼくは心をかき乱されるようになった。まだ恵美が好きであるということを思い知らされ、苛立つことを繰り返しながら。
「ああ、あなたがユウさんですか。恵美から話は聞いていますよ」
怜との初対面はそれから2カ月は経っていただろうか。その時の彼氏とは別れた後、どうも怜から猛アタックがあって、結局付き合うことになったらしい。なるほど、筋肉質な身体を覆っているポロシャツとスラッとしたスタイル。ラガーマンをやっているという彼はまさしくスポーツマンのそれをしていた。小柄で猫背で所在なさげにしているぼくとは確かに大違いだ。遠くでは鬱陶しいほどの蝉の泣き声が聴こえて来そうな場所で、クーラーの効いているパーティー会場。値段だけは高そうなシャンパンが多くあって雰囲気も人間もどこか安っぽい感覚しか無いパーティー。
人工物の匂いがする男だと思った。笑い方、会話の仕方、見た目。どれも作為的に映って仕方がない。さわやかスポーツマンの鋳型にはめ込まれているような姿に、それ以上滲み出る物がない。ぼくと怜が対峙していると、周囲がサッとスペースを開ける。まるで二人で決闘でも求めているかのように。視線がにやつき始める。陰からこそこそと何かを囁き合っている人たち。悪意に満ちた笑い。ぼくはその日、誰かの娯楽にさせられた。また、誰かを愛するということに恐怖を持ち始めようとしていた。本当は誰かに一番縋りたいのは、ぼくなのに。
ただ、それらを明確に拒絶された。どれだけ頑張っても、もがいても。きっとまたぼくは彼らの娯楽にされるだけだ。ならば、ぼくはもういい。彼を見た。自身が全身からみなぎっている姿は「こんな奴に負けないよ」というオスの本能にあふれていた。透明な色をしていた思い出が、濁って行くのを感じた。サイダーのような透明な恵美との思い出が、そして恵美そのものが、ぼくの中で濁って行く。
「そうですか。それはどうも」
ぼくは一言だけこぼすと、踵を返して会場を後にしたかった。だけれど、まだそこで無理に押しとどめようとする声が聴こえた。
「ねえ、まだユウ、恵美のこと好きなんだー」
人工的に作られた年増の女がそうやって周りに言いふらすように声を出し、笑いが包まれた。確かリョウコと言っただろうか。サイダーはまるで、赤茶けて錆びた水とさして変わらなくなった。俯き、声の主を睨んだ目。ここにはぼくの居場所がないという絶望。そこの人間たちとはそれっきりになった。サイダーのような思い出はもうそこに無くなっていた。
目を閉じて、あの時のことを思い出す。あれから色彩はまた何も無くなっていた。気が付くと、月が綺麗だった。振り切るように家へと戻り、携帯を見る。そこには2件のメッセージ。一つは怜、もう一つは恵美。なんのメッセージなんだろうと思いながら、怜からの連絡を開いた。
お話したいことがと連絡が来て約束をしたのは、一番近い日曜日の昼下がり。指定された場所には仲睦まじい姿を見せつけているカップルか、しっかりとスーツを着込んだビジネスマンの姿しかいない。洒落た喫茶店。いつだったか、誰かに誘われてきたことがあったのを思い出す。それこそ、しっかりとスーツを着込んだビジネスマンだっただろうか。
そんな小洒落たクラシック音楽が鳴り響く、赤絨毯が敷き詰められたハイソな場所。そこに、怜も例外になくしっかりとスーツを着こんで、ぼくを待っていた。座って、何やら手帳を眺めているさまは、さすが人事担当をやっているだけあって様になるなとさえ思う。そして、やはり作られたような顔をしている。全身から滲み出ている嘘の匂い。だからこそ腹立たしい。ぼくと目が合い、右手を上げる様は本当に小慣れていて、ただ経験値だけが積み重なっているだけで。小さくぼくは頷いて、席へと向かう。既に彼の前にはコーヒーがあった。店員に同じのをと伝え、持ってきてもらう。左手の薬指に小さなダイヤが付いた指輪が一つ。
しっかりとスーツをしっかりと着こなしている、と思う。青と黒のチェック柄のスーツを。まるで、ぼくを威嚇するかのようだ。彼はオスで、それ以上でもそれ以下でもなくて。精一杯、目から感情を殺した。おかげで結婚をすることになりまして、へえそうですか。それはめでたい。声のトーンも、感情も。すべてを押し殺して続けられる言葉のキャッチボールは、何か腹の探り合いをしているようで。お互いに、本題に入るタイミングを探っている。コーヒーが空になり、お冷が運ばれてきたタイミングで、切り込む隙を与えてあげる。
「で、今日はどういったご用件で?」
感情を殺した目と、作られた感情が交差した。怜は口を開く。意を決したかのように。
「ぼくたちの結婚式に参列してほしいんです」
「どうして?」
「あなたにとって、恵美が大切な人だから」
また通り一遍な返事だ、と思う。それを言っておけば100点となるようなテストでもあったのだろうか、と思わせるほど機械的だ。言葉から体温を感じない。ふと、恵美の言葉が思い返された。あれは、雨と雨の間の晴れ間の日。最後に会話した時の記憶。
「そうやって言葉の裏を探そうとしないの」
「どうして?」
「本当の好意を見逃してしまうから」
「どういうこと」
恵美はにこりと笑って、それだけで。今ぼくはその言葉が思い浮かんで右手を頭にやりたくなる。またぼくはこうして、言葉の裏を探そうとしている。ただそこに本当の好意が無いから。
「3年も会っていないのに?」
「時間なんて関係ないじゃないですか」
「しかも、きっと君は恵美から聞いているはずだ。ぼくが彼女に片想いをしていたことを」
「ええ、でもその時にユウさんから色んな事を教わった、だからと」
「例えば、どんな?」
怜が言葉に詰まった。ぼくは彼女に何かを教えたことなんて一つもない。彼女に与えた物なんて何もない。それなのに、彼は見え透いた嘘でそうやってぼくが傷つく場所へと誘導させようとしている。きっと、明確な悪意ではない。だけれど、それらは立派にぼくを傷つけるための作為が見え隠れする。
そして怜も恵美も。本当はさしてぼくに興味なんて最初から無かった。ああ、だからこそ彼に会いたくなかった。怜から言葉が続かない。目で、言葉を追及する。だけれど、彼から言葉は続かなかった。ダメだなあとぼくは思う。結局それを知ってしまったことによって、ぼくがまた傷ついてしまうことになる。そして、誰かに何かをそそのかされて居たのか、それとも上からマウントを取ろうとしただけなのか。サイダーをより、汚そうとしているだけで。
あいつらだなと思いながらも、ぼくは言葉をこぼす。まあ、良いでしょうと前置きをしてから。
「誰がそんなこと言っていたんです? 恵美がですか?」
まだ言葉が返ってこない。恵美ではないことが分かった。もう少し上手に演技しろよ、と思う。やっぱりこうなる。怜もまた、ぼくへと悪意を向けた人間の一人だった。殴りたくなる。ただ、それをしたところで怜は痛くもかゆくもない。そして、怜の後ろ側にいる人たちも。
「それともリョウコさんたち、かな?」
一回視線が止まって、違いますよとトーンを変えないで返す。何を言っているんだ、というトーンで。恐らく、図星なのだろう。殺意が湧いてくる。
「じゃあなんで、君はぼくを結婚式に呼ぼうとしたの?」
視線が動かないまま、怜の口から言葉が出てこない。沈黙は金。目から怒りがこぼれてくる。沸騰するような怒りではなく、まるでドライアイスのような冷めた怒り。君も結局そうして恵美を傷つけようとしているだけじゃないか。そのうえで、ぼくをどうしても傷つけたくて仕方がないらしい。怜の表情は変わらない。ただ、内側から焦りと怒りが見え隠れしていた。
怒りが体中を駆け巡る。殺意までは一歩手前だ。ただ、それもまた恵美を傷つけることになる。恵美は、彼と結婚するのだから。高い喫茶店、高そうなスーツがまた安っぽく映る。
「まあ、なんにしてもぼくは行かないほうがいい。恵美のためにもね」
一度、お冷を口にした。
「自分のメンツとプライドを守るだけのくせに」
「ん?」
「どうせ自分が傷つきたくないから行かないだけなんだろ?」
「そうだとしたら?」
やっと本気のトーンが聞こえた。最初からそう言えと、ぼくは思う。傷つけられそうになって、ようやく本性を表したようだった。ただ、それは作られた顔よりもはるかにきれいで、人間らしささえ感じる。
「恵美が幸せになる姿を見届けようとは思わないのかよ」
「思わない」
「どうして」
「ぼくは傷つきたくないから」
グラグラと何やら煮立っているかのように、顔から怒りが見える。ぼくはそれを見れば見るほどシンと静まって行く。
「そうやって逃げるのか?」
「逃げる? 何から?」
「自分の作った過ちから」
「過ち? なんのこと?」
「結婚するってなっても、恵美から君の存在が消えない」
「勝手に大きくしているのは君なんじゃないの」
「そうやってぬぐえない不安だけを置いていこうとするのかよ」
「勝手に不安がっていてくれよ。恵美と幸せになりたいなら」
言葉がとどまった。怜から言葉が続かない。本当は恵美のことなんか、怜もまたどうでも良いんだ。その浅ましさに気が付いたぼくは、深くため息をついた。まるでゆでだこのようになっている怜の顔に、気が付いたらぼくはお冷で水をかけていた。えっ、と声が途切れてから次第に周囲がざわつき始める。それも意に介すこともなく、ぼくは言葉を続ける。
「そういうの余計なお世話って言うんだわ」
言葉の感情が乗ってしまった。分かっている。逃げていたということを。まだ立ち直れないまま、ぼくは彼女のことを振り切ることさえできていないということを。だけれど、所詮は言葉が軽い。
「君がぼくをそう思うなら、それでいいよ。もう話すことはないからさ」
帰ろう。伝票片手にレジへと向かった。がたんと立ち上がる音が聞こえたけれど、殺意は引いていた。一回怜を見る。目は、明らかに怒っていた。だけれど、決して彼は強くないと思った。筋肉質の身体に秘められているのは貧弱な心だけだ。細めた目のまま、視線を元に戻した。空はもう、すっかりと青色を失おうとしているのに、鮮やかさを感じない。
大きな通りに出る。フラッシュバックが起きたかのように、恵美と怜が知らない顔で歩いている姿を思い出す。意図的に笑顔を振りまく怜と気が付いているのか、それとも盲目にとろけたような顔で幸せを演じているのか。分からない。ただ、そこに居合わせたくないと思った。偶然にすれ違って目を伏せることが無いように。恵美は歩いていなかった。別の小さな道からぼくは彼女の影を振り切るように歩いた。
「自分のメンツとプライドを守るだけのくせに」。その通りだ。
そうして自分をただ守るために、痛みから逃げるようにして歩いた結果、今ぼくは本来歩いていなきゃいけない道から大きく外れて辿り着く場所さえも見失っている。一体ぼくはどこへ向かおうとしているのだろう。一体ぼくはどこへと辿り着こうとしているのだろう。それさえも分からないまま、ただもがくようにまたネオンから遠ざかった。
そういえば、と思う。恵美からのメッセージをまだ読んでいなかったことに気が付いて、開いてみた。そこにはあの時と同じように無邪気な彼女からの言葉が連ねられていた。
「ねねね、この前大通りに居なかった?」
思わず噴き出した。この期に及んで、まだ恵美はぼくが結婚式にでも来てくれると思っているのだろうか。夫婦そろって能天気すぎる、とぼくは思う。だからぼくは(笑)を付けて返信した。
「人違いじゃない?」
送った後に既読がすぐには付かない。鮮やかな色は褪せている。きっと水をかけられた怜は、そのことも含めて周囲へと都合よく言いふらす。恵美もきっとそんなぼくを気にも留めないまま生きていくのだ。そうして、怜と夢の中へと駆けて行く。ぼくは最初からそこに居ない。
メッセージを送った後、そこに自動販売機があった。お金を入れて、サイダーを買う。そういえば、恵美とサイダーを飲んだことは無かった。値段だけが張っている、シャンパンしか飲んだことがない。一度で良いから飲んでみたかったな。そんなことを思って、綺麗な月を眺めた。
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そういえば、出版しました。良ければどうぞ。