2020年、記憶に残ったTVドキュメンタリー
毎年テレビブロスの年末号でその年のTVドキュメンタリーを振り返る企画をやっていたのだけど、もうやらなくなってしまった。というところに加えて、先日、NHKで放送されていた「このドキュメンタリーがヤバい!2020」が面白かったので、それに触発されて個人的に気になった2020年のTVドキュメンタリーを選んでみました。
目撃!にっぽん「『筑豊のこどもたち』はいま “貧困のシンボル”の末に...」(NHK総合)
1960年、炭鉱閉山の実態を世に知らしめた『筑豊のこどもたち』。写真家・土門拳がレンズを向けた子どもたちは、その後60年をどう生きたのか。60年前に出版された『筑豊のこどもたち』。撮影したのは“写真の鬼”土門拳。炭鉱閉山で大量の失業者が溢(あふ)れる福岡県の筑豊で子どもたちにレンズを向けて貧窮のどん底を世に知らしめた。写真集は10万部を超えるベストセラーとなったが、その裏で土門は子どもに狙いを絞ったのは「失敗だった」と語っていた。“貧困のシンボル”となった子どもたちは、その後の人生をどう生きたのか。被写体となった約200人を訪ね歩く。
つい先日見たばかりで、まだ余韻の強い1本。土門拳の代表作『筑豊のこどもたち』刊行から60年を迎えた今年、表紙にうつっている少女が現在どうしているかを訪ね歩く。
少女の行方はなかなかわからない…というより、当時の「炭住」(炭鉱労働者向けの住宅)に住んでいた子供たちのほとんどは高校へ進学せず、街を出て就職していった…と近隣住民は語る(今も炭住に住み続けている人は多い)。写真集が刊行された1960年は、すでに高度成長が始まっていた時期である。中学に進む頃には東京オリンピックも開催されている。なのに、「高校へ進学しない者も珍しくはない」ではなく「高校へ進学する者が珍しい」という状況。表紙の少女の家はとりわけ貧しくて、母は遠方へ出稼ぎ、炭鉱労働者だった父親は失業中、表紙の少女がずっと妹の世話をしていた。付近のほとんどの住宅はろうそくで明かりをとる中、その家はそのろうそくさえ満足に買えないときもあったのだという。
取材の中で、当時の極貧生活が浮かび上がってくるわけだが、もう一つ浮かび上がってきたのは子供たちにとっての『筑豊のこどもたち』の意味だった。土門拳があの写真集を出して、筑豊の貧困を世に問うた意味は大いにあるが、しかしそこに写った子供たちは「貧困のシンボル」を結果的に背負わされたことになる。
写真集に写っていた元「筑豊のこども」の女性に取材すると、「こんな土地は一刻も早く出たいと思っていた」と語っていた。実際に彼女は地元を出て就職し、結婚するのだが、離婚後ふたたび筑豊に戻ってくる。年月を経て故郷に対する考え方も変わったという。取材中に見つかった元「筑豊のこども」の男性も、やはり炭住に住み、「ここで死ぬつもりだ」と語る。かつてボタ山は、生活困窮者が危険を冒してわずかな燃料を拾いにいく場所だったが、今となっては「筑豊のこどもたち」の中で郷愁のシンボルのようになっていた。
最終的に表紙の女性は見つかるが、取材には応じてくれない。代わりに娘がコメントを寄せていた。父親が40代で死んだあと児童養護施設に預けられていた少女はやがて母親に引き取られていった。中学からずっと祖母の居酒屋を手伝い、働きづめで倒れたこともあったらしい。やがて結婚し、子供も生まれるが、娘に故郷や写真集のことは何も語らなかった。しかし最近、娘にこう言うようになったという。「私が死んだら、父の遺骨と共にボタ山にまいてほしい」と。
なぜ父親だけなのか。母親とはいい思い出がなかったのか。失業中の極貧生活であっても、彼女にとっては「古き良き時代」だったのか。土門拳の偉大な業績を振り返りつつも、現実は土門拳の先を行っていると知った番組だった。
ETV特集「調査ドキュメント~外国人技能実習制度を追う~」(NHK Eテレ)
日本で働く外国人技能実習生は増え続け、いまや41万人。一方で、労働基準監督署などの監督指導では、7割以上の事業所で法令違反が見つかるなど、不正が絶えない。国連からもたびたび人権侵害であると勧告を受けてきた。この制度はなぜ生まれ、そして不正はなくならないのか、今回、実習生やその家族、現地の送り出し機関、そして日本の監理団体や国など、制度に関わる関係者を取材。さまざまな角度から、その背景に迫る。
NHKはときどき「スポットライトが当たっていなかった問題を可視化して、ショック療法的に世に問う」ようなドキュメンタリーを作る。たとえば、ひきこもりの存在は社会的に認知されている、その後出てきた8050問題も認知されている、しかし現実はさらにその先を行っていることを示した「ある、ひきこもりの死」や、道の駅で車中生活をしている事実上のホームレスのような人々(たびたび移動するため野宿者よりも実態がつかみにくい)を取材した「車中の人々」などがそれに当たる。その中でもとりわけ大きな一発だったのが「調査ドキュメント~外国人技能実習制度を追う~」。紹介ツイートもわりと反響があった。
このところたびたび報道される、家畜が盗まれる事件とかなりリンクする内容でもあった。番組では食べるものがない実習生が川でカエルを捕まえて食べていたが、そうやって飢えている実習生が一定数出ているなら、その一部が家畜盗難に向かってもおかしくはない。番組を見て、「一部の悪質な業者だけを取り上げている」と感想を書いている人もいたが、他ならぬこの番組の中で、大半の業者が法令違反を犯している実態が伝えられていた。さらに違反業者の数が多すぎて監督機関の監視・指導が追いつかないという制度的欠陥まで。社会的インパクトという意味では、これが最も大きな1本だったと思う。
NHKスペシャル「ヒグマと老漁師〜世界遺産・知床を生きる〜」(NHK総合)
世界自然遺産・知床の海で、サケやマスをとってきた漁師の大瀬初三郎(おおせ・はつさぶろう)さん84歳。ヒグマが近づいてくると「こら!来るな!」と大声で叱りつける。すると、ヒグマは静かに去って行く。この半世紀、襲われてケガをしたことは一度もない。去年、ユネスコの委託を受けた調査団が知床を訪問。漁で使ってきた道路や橋を撤去するよう求めてきた。途方に暮れた大瀬さん。そのとき、不思議なことが起きた…。
ヒグマを「コラッ!」とオヤジが一喝して追い返す、ちょっと滑稽にも見える場面がとにかく印象的なのだが、オヤジは「ヒグマに対して絶対に一線を越えない」ことを徹底して守る。一度でも餌をあげてしまうと、その瞬間からヒグマとの関係性が変わってしまうから。異常気象で餌が不足し、クマが飢えていてもそこは変わらない(というか、変えてはいけない)。餌不足でガリガリになったヒグマ、もはやクマというより犬みたいだった。この頃のヒグマは飢えからちょっと凶暴になっていて、カメラマンはめちゃくちゃ怖い思いをしたと思う。痩せ細ったヒグマたちを見かねたオヤジが、漂着したイルカをヒグマが見つけやすいように置いていたのが胸を打った。
後半、ユネスコの調査員がやって来て、オヤジたちにやいのやいの言ってる最中に、ヒグマたちが現れて調査員たちを遠巻きに取り囲むようにしていたのは、どうしてもたまたまのタイミングとは思えない。おそらくヒグマはオヤジたちを「ウチ」の者、ユネスコの調査員を「ソト」の者と認識していて、そのよそ者を追い返そうとしている…そんな風に見えた。動物と人間とが、交わりはしないのだけど、敵ではなく一定の敬意を持って接している姿を映したドキュメンタリー。
ドキュメント72時間「福島・浪江 年の瀬、ふるさとのスーパーで」(NHK総合)
避難指示解除から2年あまりたつ福島県浪江町。およそ2万人の全町民が避難していた町に、1000人を超える人々が戻ってきた。診療所や飲食店、学校など、生活を支える施設が少しずつ整備されている。そうした中、2019年の夏、大型スーパーが開店。生鮮食品に酒、衣料品などを取りそろえており、毎日地元の人たちでにぎわっている。初めて迎える正月。さまざまな人生模様が行き交うスーパーで、年末年始の3日間密着する。
浪江町にオープンしたイオン。年末の大売り出しで食料がわんさか並んでいるのだが、なんだかめちゃくちゃ余っている。帰省する人も多少いるとはいえ、スーパーの商圏人口はかなり少ないはず。ある客は「自宅の半径2キロに5人しか住人がいない」と言っていた。それなのに寿司も惣菜もガンガン出してて、当然余ってくるので半額のシールが貼られる。驚くのは半額で終わらず、そこからさらに半額になり、たとえば2000円の寿司が450円になったり、弁当が100円になったりしていた場面。大手スーパーでそこまで安くするの、ほとんど見たことがない。なんなら半額までいかずに30%引き止まりのスーパーもあるくらいで。
その半額商品、半額の半額商品を嬉々として買っていく住民たち。「こんなんじゃ全然儲けないだろ」と思っていたら、店員が「浪江については売れる・売れないじゃない。こんなにたくさん食べ物があるんだよ、という盛り上がりを出していかないと」と語っていて、ある程度意図していることがうかがえた。私企業とはいえ、スーパーは重要な生活インフラだから、そこが盤石であるという安心感がないと住民は地域に根付かない。帰ってくる人も帰ってこれない。普段からそうだとは限らないが、少なくとも年末年始についてはそう考えて、大量の食品を並べていたのだと思う。過剰とも思える割引きも「福祉と意識させないさりげない福祉」のような感覚なのかもしれない。
そして「被災地である故郷」をめぐる諸相。
「望郷」の表出のされ方が一様ではない。それは被災地であることに起因しているのだけど、どの「望郷」も心に刺さるものばかりだった。
【ストーリーズ】ノーナレ「新型コロナと音の風景」(NHK総合)
今年の春、人々の暮らしや町の景色が一変した。新型コロナウイルスが猛威をふるい、外出自粛や休業要請が全国に広がる中、暮らしや経済への影響は日に日に深刻さを増している。ガラガラの観光地、入学式を取りやめた学校、人の姿が消えた歓楽街…。経験したことがない状況の中で、人々は何を思うのか。番組では、人が消えたことによって聞こえてきた「音」を軸に町の風景を記録。日常が失われていく、1か月を見つめた。
2020年12月31日現在、東京都の新型コロナ感染者は1300人を超えて、感染状況は深刻さを増しているけれども、街を行く人々の雰囲気はわりと普通な感じ。みんなすでに春先の緊急事態宣言の頃の記憶が薄れつつあるんじゃないか…あの緊急事態宣言の時期、日本はどうなっていたのかを、数字には表れない部分も含めてちゃんと記録しておく必要がある。という気持ちに応えたようなドキュメンタリーがノーナレ「新型コロナと音の風景」。激変する日常風景の「音」に着目して、あの日々を映像でスケッチしている。
しばらく前から、ノーナレやETV特集が「解像度の高い音や映像でじっくり見せるタイプのドキュメンタリー」をやり始めていて、今年の作品でいうと「富士山と牛と僕」「人知れず表現し続ける者たちIII」あたりが印象に残っているのだが、「新型コロナと音の風景」もその一つ。取材力でどうこうする感じではなく、記録する場所や相手の選定、編集がメインなのだが、ちゃんとあの時期の「空気」を映像と音でパッケージすることに成功していた。
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