おじいちゃんのオリンピック(ギリシャ)
「おじいちゃん〜!いつまで走るの〜?」
私が大きな声で叫んだその場は、オリンピック発祥の競技場パナシナイコスタジアム(※1)だ。
25年ほど前、祖父母が私、妹、弟をギリシャに連れて行ってくれた。旅の資金は祖父母がサポート、高齢だった祖父母の身の回りのサポートは私たちがする、といった「持ちつ持たれつ」の旅行だった。
アテネ観光の途中だった私たちは、バスを降りて、競技場に入り、ガイドさんに説明を受けた。それが終わるや否や、祖父(当時70歳後半)は急に走りだしたのだ。
「ギリシャの古代ランナーを真似てちょっと走ってみました!」とふざけた様子で、すぐ引き返してくるかと思っていたのに、帰ってこない。
祖父が走る姿なんて見たことがない。むしろツアーの中では最高齢で「おじいちゃん、ここ座っときぃ」と気を使われる立場、走るなんて信じられなかった。
祖父は、トラックに沿ってずっと前だけを見て走っていた。顔は42.195キロのラストスパートを走るマラソン選手のように、険しく真剣。このトラックはなんと一周330メートル…長いっ!祖父はヨチヨチゆっくりで、背の高い若者の大きな1歩のなかに3歩くらいかけて進むといった感じ。そして腕を大きく振りながら走っている。
最初は「おじいちゃん、ほんとにどういうつもりー?早く帰ってきてよー。もう置いていくよ!」と口々にみんなが笑いながら声をかけていた。
しかしだんだん心配も出てきて、「真剣だね」「もうあんなところまで行っちゃった」といった話に変わってきた。そして声も届かなくなってきて、どんどん遠ざかる祖父を眺めているしかなかった。
すると、祖母が言った。
「オリンピックの選手になったつもりなんじゃろうよ」(山口弁)
またそこで少し笑が起こって、場がなごんだ。
祖父は最初からここに来たら走るつもりだったんだろう。オリンピックの選手になったつもりかどうかは分からないけど、私は、もう年齢的にこの場所に来ることはないんだって、だから来た証に走ったのかなと思った。そしたら、私も一緒に走ればよかったな、と後悔した。
ついに祖父はスタジアムのトラックを一周まわって帰ってきた。ガイドさんは、こんなお客さんはいないと大絶賛。そして私も祖父の何か秘めた思いと、やりきって満足そうな顔に拍手した。
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