【レビュー】〜ひなのの歌声にメルティ・ラブ〜 吉川ひなの「I am pink」(1998)
歌手に必要なもの。それは歌唱力。
…だとは、全く、思いません。
むしろ無い方が良いとも思っています。だってそうでしょう。世の中に歌手になりたい人間はゴマンといるのです。そんな人達は、歌を歌うことが好きなので頑張って上手くなるのです。私は歌が上手いから、もっと人に聞いてほしいとか考えるのです。そうなると、似たような歌が上手い人達だけが集まってしまうのです。そして気がつくのです。世の中には歌が上手い人なんてたくさんいるんだ、他に何かが必要なんだ、個性が必要なんだって。だから夢をあきらめよう。。
そんな未来を勝手に想像して悲しくなってしまうのです。いい人だなあ自分。
吉川ひなのの歌声を初めて聴いた時にはギョッとしました。こんな歌声は聴いたことがない、これはサスガに…ちょっと、とは思いました。しかし、それが重要。世に蔓延る歌が上手い人達の歌声を聴いても、はあ〜そうですかぁ と思うしかありませんよね。吉川ひなのの歌にはそれが一切無いのです。なんて素晴らしいのでしょう!これが個性というものなのです。
しかし、ただ声が個性的だけなだけではダメです。やはりそれを凌駕するもの、言ってしまえばカバーするもの、後ろ立てがしっかりしていないとダメなのです。それが出来るのは、有名な人、力を持つ人だけ。吉川ひなのはその典型でしょう。
記念すべき吉川ひなのの歌手デビュー曲「ハート型の涙」は藤井フミヤが作詞とプロデュースを担当!と宣伝がされました。が、作曲と編曲は朝本浩文さんです。アルバム「I am Pink」も全体的に朝本浩文色がとても強いのです。
朝本浩文さん…残念ながら事故にて急逝されてしまったお方ですが、センスの高い最新の高品質ハイセンスなサウンドを追求をした一流のクリエイターの方でしたよね。人によっては渋谷系の烙印を押してしまうのかもしれませんが、それだけには留まらないお方でありました。
「ハート型の涙」も藤井フミヤ色は薄いと思います。それよりこの素晴らしいガレージサウンドとポップなメロディー、ひなのの、あるゆる意味での自由奔放さを活かすには、この軽いロックサウンドが最適だったんだと気付かされました!
このミュージックビデオを見ても、そのサウンドを引き出した吉川ひなののスタイルの良さ、持つCUTiEなイメージにぴったりだと思います。90年代はこのような体型の良さバランスも重要視されましたよね。今もかもしれないけど。
続くセカンドシングル「ウサギちゃんSAY GOOD BYE」は前回と同じ作家陣に加えて吉川HINANOも作詞に加わっています。この素晴らしいタイトル、藤本美貴の「ロマンティク浮かれモード」に匹敵するようなイカれガールティックさがたまらないですよね。
「まさか…このタイトルは藤井フミヤ氏が考えたのかだろうか…いやHINANOだろうきっと…トゥルー・ラブ の人がウサギちゃんとか…」なんて想像してみたりするのも楽しいですよね!!
ウサギはさみしいと死ぬという都市伝説を基に作られたこの歌詞、あくまでひなの流CUTiEなストーリーにまとめ上げています。そして朝本浩文氏によるサウンド、この出だしのリズムと続くブラス・セクションで、僕の中の渋谷系が騒ぎ出しました!カジくんみたいだなって。すみません。ちょっとレトロで良い意味でチープなソウルミュージックのようでとても素敵なトラックに仕上がっています。
前シングルよりも落ち着いたテンポで歌われることで、吉川ひなのの歌声の特徴も更にわかってしまうようになっています。それは「どの音符も差別しない」ということです。わかりますか?歌が上手い人は、何かしらのエゴイズムによって音符を軽く扱ったり、重きを置いたりするのです。ひなのはそんなことしません。与えられた音符をすべて、全て!丁重に発声するのです。なんて素晴らしい。まさに歌のSDGsですよね!
この歌声に魅了された有名ミュージシャンもいます。それは平井堅さんです!関ジャムエイトにて、吉川ひなのの歌声を絶賛していて、中でもお気に入りの曲がこの曲だそうです。さすがポップスターだけありますよね!
アルバムでは3曲目に収録されている、ひなの流ガールズ・ロックンロールが炸裂する曲です。この曲の作曲編曲は古市コータロー!ザ・コレクターズ!シブい起用ですよね最高。「事態はおんなのこ」は「大好きな人にケーキを作るために大変な事態のおんなのこ!」という歌詞の曲です。そこに明るいロックンロールが重なる楽しい感じがいいですよね。やはりひなのの明るくて重たい声がいい味を出していると思います!
楽しい可愛い事態の曲なのですが、HINANOの重たい声はカリスマ性があると感じます。ここで「時代はおんなのこ」だったら、ガールズ・クラッシュの旗手として更なるカリスマ性を得たのかもしれない…深いですよね。
4枚目のシングル「One More Kiss」この曲は…名曲です。20世紀末史上屈指の名曲だといっても過言ではないでしょう。このPVも傑作です。間違いないです。
吉川ひなのの歌の音域は狭いです。それに合わせながらも印象に残るサビのメロディー。難しくないメロディを紡ぎ出し、それを哀愁につなげているのです。そうです哀愁。ひなのボイスと哀愁を同時に感じることができるなんて!
♫ワンモア タイム ワンモア キッス ベイビー アゲイン アゲイン♫
このリフレインの素晴らしさ。簡素なメロディでありますが、それが良いのです!かえって洋楽的とも言えますよね。作詞作曲をしたのは美結さんというお方。調べてもわからなかったのですが、その秘匿っぷりがこの曲の神秘性を高めているともいえるでしょう!
PVは…前作までのキラキラおんなのこ届かないまるで夢のような世界からは、うってかわって貧乏くさいアパートみたいな場所で歌うひなのちゃんが最高です。なぜこんな貧乏くさいロケーションにしたのでしょうか…。
こんなことを言ってはよくないのですが、これは吉川ひなのの原風景に近いのかもしれません。憶測です。そのような下世話な感じを持って見てしまうと、やはり傑作だと思ってしまうのです。ごめんなさい。。
しかし古臭いアパートの前で、近所の庶民らと振り付きで♫ワンモアタイム ワンモアキッス ベイベー アゲイン アゲイン♫と歌っているところを見るとこみ上げるものがあります。よね?なのでPVも傑作なのです…!
この曲はアルバムにも別バージョンで収録されています。アルバムの方は…「下北沢のハイラインレコーズ(閉店)でデモテープを売っていたようなインディーズのギターバンドっぽい感じ」になっています。ちょっとわからない例えですよね…要するにライブバージョンな感じです。自分はゴージャスかつシンプルなシングル版の方が好きです!
ソロとしてはアルバム発売後にリリースされて、ラストシングルになった「メロウプリティー」は作詞がサエキけんぞう作曲がbice 編曲が桜井鉄太郎というシブいメンツの曲ですが、いろいろな反省があったのか、全てにおいてまともになっています。
HINANOの歌は相変わらずですが、よくも悪くも大人がちゃんと仕事をして、ハイゲイン&ローゲインの調整、エフェクトの駆使、コンプレッサー発動、などのテクノロジーを使ったおかげで、聞きやすくなっています、少し…><
曲も詞も洗練されて、今まではなんとなく渋谷系のナンシブ系だったのが、今度はわかりやすいアキシブ系になったのかなと。アキシブ系について自分はよく知らないのですが、こんな感じですよね?前は下北沢のハイラインレコーズだったものが、渋谷HMV(閉店)になったという感じです。しかし、比較して聴きやすいものには違いありません。「ハート型の涙」で度肝を抜かれたままのお方には、こちらをオススメいたします!
アルバム「I am pink」について触れていませんでした。こちらで一番好きなのは表題曲であり1曲めの「PINK」です。
クールなビート、少しチープなビートはホームメイド宅録音楽のよう。こういうのが90年代後半から2000年代前半に流行していたのです。パソコンじゃなくてカセットのMTRで録音したような感じです。そこに吉川氏の”ひみつのこくはく”みたいなセリフが入ってくるところが良いです!
これをふわっと歌うところも。
この歌詞は本人のでは無いということろ。これこそがノンフィクションなのです。私達はしょせん全て作られたものを見せられているのです。そこに本当の気持ちが入っているのか無いのかなんて誰もわからないのです。それは普段のどれも全てが同じです。しかし人間には与えられた想像力と断定力があるのです。
吉川ひなのは歌手活動はやる気がなかった、と後年に話していました。ここに心がなかったのかもしれない。でもこちら側でどう取るのかは自由なのです。なので多少音程が合っていなくても悪声でも><、受け止める側によっては素晴らしいものになるはずなのです。
いらない、知らない、ふつうの世界
本当は彼女はそんな人間ではなかったのかな、と自分は思いました。でも、このように歌わされていた。それを全く関係の無い自分がいろいろ考えながら聴いている。これこそが、ふつうの世界ですよね。素晴らしいと思いませんか?深いのです、だから吉川ひなのの歌声に僕はメルティー・ラブなのです。
終わり