年の瀬は、人生を考えたくなってメランコリックモードになる。特に今年は、尚更。
10年前といえば、2010年。
齢15歳。中学3年生で高校受験追い込み期&県選抜バレーボールチームの一員として、都道府県対抗の全国大会が開催される大阪へ乗り込んでた頃。
10年後といえば、2030年。
齢35歳。キャリア的にもプライベート的にも転機を迎えている予定の頃。世の中的には、SDGsの区切りの年として世界各国の達成度がドラスティックに評価され、このままいくと日本全体が世界から取り残されていることを痛感しているであろう頃。
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(※なぜ急に重い腰を上げて半年以上ぶりにnoteに記そうと思ったかというと、ひょんなことから、久し振りに学生時代の恩師と再会し、SDGsの話から人生の話、教育の話など非常に考えさせられる時間を過ごしたことがきっかけです。)
(...が、恩師との話の内容は内に秘めておきたいので今回のnoteでは触れないことにします。)
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いろいろあった2020年も終わりに差し掛かり、あと数日もすれば、あっという間に西暦の一の位に1がやってきます。
わからないこともたくさんあるし、何となくやり過ごしてきた感じのこともあるし、悔しさや嫉妬に苛まれることもありました。もちろんこれらの感情はいまでもめちゃめちゃあります。
でも、長いようで短い時の流れは気づけば10年なんてすぐに過ぎ去るんだなぁと感じた10年だったように思います。
(もちろんいろんな見方はありますが)「正しいこと」をやってきたのかどうかすらわかりませんが、10年が経ちました。
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「なんか、“あそび”がないよね。」なんてことを言われるのもしばしばです。
凝り固まった、いわゆる安全牌をいつも選択しがちで、でも自分で選択しているはずなのだから、そのときはそんなに違和感はなくて、でもちょっと俯瞰してみると決まったお酒、決まったブランド、決まったお店、決まったラジオ番組、(以下省略)にしか触れていないような気がします。
守破離の「守」から抜け出せずにいるのか、かたや「離」にジャンプしてしまったのか。
すみません。話が脱線しました。もとい。
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この10年間は、ライフステージ的にも、中学・高校・大学・社会人と大概のひとが一生のうちに迎えるであろうイニシエーションが怒涛のように押し寄せてきました。
同時に、否応なしに年齢を重ね、それなりに「ひとりの人間」としての責任やら自負やらが芽生えてきました。
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人生100年として、残り75年。ここまでの人生にかけた時間があと3回転。
(回転? いや、回りまわって元通りになってる訳はない。)
何が出来るだろう。何をしたいだろう。
悩めるお年頃の、青年時代。
時間は案外、残されていない。
相も変わらずみ身も蓋もないとりとめの無い文章になってしまいました。
2021年も何卒よろしくお願いいたします。