ムサビ通信卒業後どう動くか。
こんにちは。前川結佳と申します。
2024年3月現在、まだ武蔵野美術大学通信教育課程に在籍中の私です。
3月中頃に卒業判定があり、それに合格すると晴れて卒業の身となります。卒業した後の4月からは学生ではなくなり、いちアーティスト、いち表現者として生きていくことを決めています。
今回は世間一般的な目から見ると、『不安定だ』とか『変わってる奴だ』なんて言われてもおかしくないだろう私の進路のお話しをします。
さて、そもそも私がなぜ表現者という者になりたいと考えたかについてですが、小学1年生の頃に付録目当てで買った少女漫画雑誌[ちゃお]を気まぐれで読んだ時に遡ります。
それまでも絵を描くことが好きだったんですが、仕事になる事だと考えたこともなく、当時初めて漫画を読んだ時に『絵を描いて生活している人がいるんだ!!』と衝撃を受けたのを鮮明に覚えています。『好きなことをして生きていく』それがとても魅力的に思えて、以来ずっと描くことと関わってきました。高校1年生頃までの将来の夢は漫画家でしたが、高校卒業が近づくにつれて絵画表現の方が性に合っていると感じ始め、周囲には『画家になる』とか『アーティストになる』と言うようになりました。
そのきっかけは、受験する大学をどこにするか探していた時です。京都にある精華大学のカートゥーンを学べる学科に行きたかったのですが、奨学金や親に頼ってもヒィヒィになるような多額の学費問題の壁にぶち当たり、断念しました。断念はしたものの、カートゥーンという風刺画表現が漫画から派生してあることに強い興味を惹かれ、そこから問題提起を行うアート表現にも関心を持つようになりました。
このままだと長々と文章が続くので割愛しますが、ムサビ通信を選ぼうと思ったきっかけは他の記事で書いたので、そちらを読んでみてください。
では、ここからは大学卒業後に表現者であることを選んだことについて書いていきます。
ムサビ通信は『学び直しの大学』という位置付けになっていると感じています。なので、作家志望の人は実際多くないのではないかと思います。教員免許を取りにきた方や趣味の延長の方の方が割合が多い気がします。それでも中には作家の道を選ぶ方がいます。
なぜ私がムサビ通信から表現者/作家になると決めたのかは、小さい頃からの目標だったことと、先駆者がいたからです。ムサビ通信卒業生の作品をギャラリーなどで見かけたことがキッカケで、個人の頑張り次第でそうなれるんだ!と感じました。めちゃくちゃ単純野郎ですが、先に活動されている方がいらっしゃると勇気づけられます。
公に目立って活動されている方以外にも公募展に出してとか、地域のコミュニティーで発表の機会を設けている方だとか、様々なタイプがいらっしゃいます。それはムサビ通信ではなくても同じことだと思います。
結論。私は小学1年生の頃からの漠然とした夢を諦めきれないまま進んできたので、このまま自由気ままに誰にも責任を求めずに(求められるはずもなく)、地道に作家/表現者としての活動を続けていきます。
正社員じゃないから収入は安定しない、いつ注目されるのかわからないし私の作品を見てくれ!とアピールし続ける体力も気力もいつか限界がきてしまうかもしれない。そんな不安は活動を諦めるまでついて回るでしょう。
さて、取りまとめのない内容になってきちゃいましたが、今回は『綱渡りの状態でも楽観的に自由に生きている私の活動を多くの方にみていただけるように頑張っていきます!』という宣言のような記事でした。
また新しい記事を更新したら読みに訪れてください。
今回も読んでくださってありがとうございました。