フッカルは損をする?得をする?
※フッカル=フットワークが軽い人。つまりレスがバリ早な人です。
先日、ぼくが仲良くさせて頂いてる高橋さんがこんな記事を書かれていました。
個人的にはけっこう衝撃的な内容で、高橋さんといえば
・人脈お化け
・フッカル日本代表
などなどの異名を持ち(誰から?)、あまりにも早いその対応やそこから得られた人脈を活用して多くの人に価値を提供されている方なのです。
その方がこういう意思表示をされたことは「マジすか」と思うとともに「当然だよね」と思うところがありました。
ぼくも高橋さんのようにフッカルを目指しているのですが、「フッカルってどうなの?良いの?悪いの?」と思っていて、個人的にいまだに悩んでいる「プロとしての価値vs人としての気軽さ」という、矛盾しがちな命題の両立について考えてみたいと思います。
スピードって大事ですよね
フッカルな人って基本的に重宝されると思います。
(ぼくも出来るだけ意識してます!)
ビジネスにおいて「スピードは何より大事!」といわれることもあります。
「正確さvsスピード」で考えたとき、もちろん両立が最高ですが、どちらかといえば(個人的には)スピードが優先だと思っています。
それは、
①感情はナマモノなので時間がかかればかかるほど賞味期限が過ぎる
②100点を取ることが難しいので、70点取れればいいくらいでやるしかない
ということが大きいと個人的に思うからです。
フッカルあるある
ただ、フッカルな人にありがちなのが、平たく言っちゃうと「ナメられがち」ということです。(個人的にはこれけっこう思ってます)
対応も早く、二つ返事で「いっすね!」「やりましょう!」「いいですよ!」と言ってくれるので、ついつい色々と言ってしまいがちなんですが、みんなにそんな感じだったりするのでその人自体の予定がなかなかタイトだったりして、あんま時間頂けなかったりします。
てかそもそも、フッカルな人に限って割と会社の権威のある方だったり素晴らしい業績を出される方だったりと、要は「スゲー人」であることが多いので(ぼくが出会ったスゴイ人は得てしてフッカルさんばかり)、そんなしゃあしゃあと何の考えもなしに時間を奪ってはいけない素晴らしい価値の人だったりすると思っています。
プロであることvsフッカルであること
で、毎回ぼくはここで悩むのが専門性と気軽さの両立、なんですよね。。
要は、フッカルになればなるほど軽んじられてそう、と思うけど、だからと言ってプロってアピールしすぎたら変にお高く留まっててヤダ、ということです。
高橋さんから学ぶ両立のさせ方
高橋さんはここで、「色々声はかかるけど、結局「こちらの時間をトレードオフするだけの情熱やストーリーを感じられるか」ということを大事にされているようです。
これはなるほどと感じさせられたポイントでして、つまり「話は気軽に聞くけれど、聞いた結果どうするかは主体的に判断していく」ということなのだなと理解しました。
確かに、気軽さというのは武器だと思うので、それは活用して色んな人の話を聞けばいいと思います。
ただ、それを聞きすぎてしまうと自分が真価を発揮したい場所ではないところで時間を使ってしまうことがあり得るので、ある程度聞いて「それは自分じゃないな」と思ったら潔く引くということも大事だなと。
声がかかればかかるほど、すべてを自分でやってしまっていては限界というものがあります。そのときに人に頼らないといけなくなって、今まで自分がやってきたことでつながった人たちに、また助けてもらうことになるんだろうと思います。
プロとしての自分を磨きつつ気軽さは消さずにやれば、困ったときに人が助けてくれる。そう思って変に悩まず磨き続けようと思います!
高橋さん、ありがとうございました!
働きづらさや男女の問題など、生きづらさを解決する糸口を一緒になって考える「パパFP」。公務員からフルコミの営業にトライし、2年で業界トップ1%のMDRTに。夢は社交ダンスで世界大会に行くこと。