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インドネシア国際モーターショー in タンゲランの訪問記事

2024年7月18日から7月28日まで、ジャカルタ近郊のタンゲランにあるICE BSDにて、第31回GIIAS(GAIKINDO Indonesia International Auto Show)が開催されました。



❏インドネシアは自動車大国

自動車産業と関係ない業種で働いている方にはなじみがないと思いますが、インドネシアはアセアン最大の自動車販売台数を誇ります。

アジアのデトロイトと呼ばれるバンコク(タイ)のイメージが強いですが、インドネシアはすでにタイを抜いているのです。

マークラインズ(ASEAN自動車市場2024年第2四半期)

そして、インドネシアは日系自動車メーカーが圧倒的に強いことで知られ、90%以上のシェアを持っています。

出所:JETRO

しかも、すべてのメーカーがそうだとは言いませんが、稼いでいます。

インドネシアに限らずアセアン諸国の日系自動車メーカーのシェア、利益率はとても高く、今後も成長が見込める有望な市場です。

こんなおいしい市場を競合先が放っておくことはまずありません。
まずタイで、中国のBYDが電気自動車を引っ提げて参入してきました。もともとアメリカのフォードも強い市場です。
2023年、タイの新車販売に占める電気自動車の比率は、10%にまで上がってきました。

インドネシアには韓国の現代自動車と、中国の五菱(ウーリン)が数年前から進出していて、さらにBYDや他の中国メーカー、ベトナムのビンファストも参入してきました。

日本メーカーの牙城を切り崩そうと、彼らも必死です。またインドネシア政府としても2060年のカーボンニュートラル達成に向け、電気自動車化はぜひとも進めたい重要事項です。

こういう背景があってのモーターショーが開催されたということをまずご理解いただくと良いと思います。

❏そもそも電気自動車とは何か(おさらい)

電気自動車にはいろいろな種類があり、自動車業界では電動車両という言い方をします。電気で動く自動車ということですね。
電気自動車といって普通に思い浮かぶのは電池とモーターだけで動く車でしょう。
これは業界ではBEVといいます。バッテリーEV(Battery Electric Vehicle)
日本勢が強いハイブリッドにはいろいろな種類があります。トヨタが最初に売り出したプリウスはHV(Hybrid Vehicle)
他に細かく分類するとHEV(Hybrid EV)、PHEV(Plug in hybrid EV)

ざっくりと説明すると、HVというのは、基本ガソリンエンジン車(業界用語ではICEという)で、減速時やブレーキ時に発生する回生エネルギーを電池にためて車を動かすものです。
一方HEVは、エンジンは基本電気を生み出すためのもの(日産のe-Powerなどが代表例)で、走るものではありません。あくまでも電気自動車なのです。
PHEVはプラグイン=プラグでつながるということですから、車にある電力を家や外にプラグでつないで使うことができるし、外の充電インフラ設備から充電することもできる。

HEVも充放電できるタイプが増えましたし、その区別は曖昧になっています。どちらかというと自動車メーカー次第で言い方を変えています。

❏電気自動車にシフトするのは簡単ではない

電気自動車が環境にやさしいのかと言えば、現状ではやさしくありません。
自動車のバッテリーを作る過程で、膨大なレアメタルを消費し、レアメタルを地中から取り出し精製する過程で環境に多大な負荷をかけます。

加えて、電力が何で作られているかも重要です。
例えば火力発電中心で、かつ石炭火力を使っていれば、二酸化炭素排出や大気汚染はガソリン車よりもひどくなります。

もう一つの問題は、充電インフラを整備しなければならないということです。
家に充電設備があったとしても、外出先で電池が切れて動かなくなるリスクがあると購入に二の足を踏むことになります。
充電設備を作ればいいじゃないかといっても、電気自動車が普及しないと充電設備の稼働が悪く、投資回収できない赤字設備になります。
典型的なニワトリたまご問題です。

日本の場合は、経産省が音頭を取り、当時電気自動車を販売していた日系4メーカー(トヨタ、日産、ホンダ、三菱自動車)と東京電力、中部電力で日本充電サービスという合同会社を作りました。
国が充電設備の補助金を2/3出し、各メーカーも1/3出し、合計1000億円のインフラ資金を用意したのです。

今は日本充電サービスは役割を終え、東京電力と中部電力が主体となって設立したイーモビリティーパワーに事業承継しました。
わたしも三菱自動車の人間として承継ディールに関わりました。

とにかく金がかかるので、貧乏な国だと大変です。
しかも、シンガポールとか香港のような小さい国と違って、インドネシアように国土が広いと大変です。

さらには、発電能力も増強しないといけません。いままでガソリンをエネルギー源にしていたのに、電気を買うようになるから、より電力が必要になるんです。
インドネシアの場合、ジャワーバリ系統と呼ばれるメインエリアの電源はまだ余裕がありますが、地方はまったく足りていません。
さらに、インドネシアは石炭火力が60%ですから、クリーンなエネルギーに変えていかないといけません。
これもとてもお金がかかります。

政府が身銭を切ってやると、財政が悪化しルピア安を誘発しますし、利用者に負担させると、電気代があがりインフレになり不景気を誘発します。
とても難しい問題なんです。

❏じゃあなんでみんな電気自動車にシフトしたがっているの?

金はかかるし環境負荷も大きいのに、なんでみな全部電気自動車にしたいとかいうのだろうか、水素自動車(FCV:Fuel Cell Vehicle)の方が環境にはいいんじゃないのかという意見が出てくると思います。

①カーボンニュートラルの達成には電気自動車が必要
多くの国が将来的な目標として掲げているカーボンニュートラルを達成するためには、輸送機器のCO2排出量を大幅に下げる必要があります。
そのためには電気自動車にするしかないという考えです。

トヨタはバイオエタノールを使えば、理屈上CO2排出はゼロになるといって、バイオエタノールで走る車を今回展示していました。

飛行機業界がバイオエタノールに変わっていく流れになっています。飛行機はさすがに電池とモーターの出力だけでは飛ばせないのです。

「バイオエタノール」とは、サトウキビやトウモロコシといった植物資源(バイオマス資源)を発酵させ、蒸留してつく られるエタノールであり、ガソリンの代替燃料として利用可能。
 バイオマスは、もともと大気中のCO 2を植物が光合成によって固定したものであり、植物の働きによって再生可 能な資源。
バイオマスを原料として生産されるバイオエタノールを燃焼させても、実質的な大気中のCO 2は増加しない (カーボンニュートラル)という特性を持つ。

「バイオ燃料生産拠点確立事業について」農林水産省H26年2月の資料より引用

ただ、これは現実的な話ではなく、すべての自動車のガソリンをバイオエタノールにしようとすれば、食糧危機に陥るでしょう。
あるいは、インドネシアやブラジルのように熱帯の密林を焼き畑で消滅させ、パーム(油椰子)のプランテーションにしたりしなければなりません。

②電気自動車の時代には今とはメインプレーヤーが変わる
ガソリンエンジン車の時代の自動車メーカーと、電気自動車の時代の自動車メーカーは、顔ぶれが変わると予想されています。
それは、参入障壁が下がるからというのが一つと、CASEと呼ばれる自動車業界のイノベーションにより、別業界からプレーヤーがやってくるためです。

Connected(コネクティッド)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)

Google、Apple、Amazon、Sonyなどが参入してきます。

日本にとってはとても脅威です。日本の貿易黒字を稼ぎ、GDPを稼ぎ、莫大な雇用を生み出してきた一大産業が、姿を消してしまう可能性があるのです。
自動車に代わる産業は残念ながら日本にはありません。

それはインドネシアでも同じです。
もし現在90%のシェアを持つ日系自動車メーカーが敗退すると、インドネシアの自動車産業は崩壊します。
ベトナム、マレーシアに電気自動車の巨大工場ができたら、彼らから電気自動車を輸入しなくてはならないかもしれない。

輸出して外貨を稼いでいたはずなのに、輸入して外貨を払わないといけなくなる。さらには雇用も失われます。
悲劇ですよね。

そうならないように、電気自動車の時代が来てもインドネシアが自動車産業で食べていけるように、いち早く電気自動車の体制にシフトしようとしているのです。

③FCV(水素燃料電池車)は簡単ではない
まず、液体水素を今どうやって作っているかというと、天然ガスから採取しています。
水を電気分解して水素と酸素に分けることができればベストなんですが、そっちの方が電気代がかかるしCO2も発生する状況です。
ここでかなりの技術的なブレークスルーが必要になっています。

さらに、水素を注入するガソリンスタンドならぬ水素ステーションが必要になります。1か所4〜5億円かかるといわれており、ガソリンスタンドの4〜5倍です。
なにしろ水素スタンドといわずに、ステーションですからね。それだけ莫大な投資をしている証拠です。

さらには、トラックやバスの水素ステーションは規模が大きくなりますので、もっと費用がかかります。

単純に考えて、ガソリンスタンドの4〜5倍の投資を回収しようと思えば、利益率も同じだけないといけないのですが、そんな都合よくは行きません。

水素がガソリンの4倍もしたら、いくら環境に良いからと言っても使いたくなくなりますよね。

❏肝心のモーターショーはどうだったのか

すいません。モーターショーじゃない話をひっぱりすぎました。

モーターショーの話をしますと、中国勢の動きがとても目立っていました。
活気もありました。
時流にのっている感じといえばいいでしょうか。

日本メーカーはそれなりに頑張っていましたし、集客もありましたが、勢いは感じませんでした。
多くの日系自動車メーカーのプレゼンを集約するとこんな感じでしょうか。
- 数十年間インドネシアで事業を行ってきた。
- この間多くの雇用を生み出し、多くの裾野産業を育成し、車両を輸出することでGDPの成長と貿易黒字に貢献してきた。
ー インドネシアのことを深く理解し、マーケットについてもよく分かっている。
- インドネシアの環境に合わせた高い品質、高い信頼を勝ち得てきた。

これは若者からすると、だからどうしたになってしまうんです。自己満足の世界なんですよね。

わたしは家電業界にもいましたから、家電業界で何が起きたのか体験しています。欧州事業から撤退するとき(テレビはまた戻りました)、シャープはお父さんお母さんの世代のブランドだと言われていました。
品質は高いし、信頼性もあるけれど古臭くなってしまったんです。

インドネシアでシャープは白物家電で断トツに強いですが、それでも都市部ではサムソン、LGがシャープを抜いています。
やっぱり古いブランドと見られるのです。

自動車業界でも同じことが起きると思います。
品質が高いというのはもちろん大事なのですが、その上で新しさがないといけないです。新しさとはチャレンジし続ける、変革していくことです。

なんとか頑張ってほしいと思います。

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