イノベーションを座学で勉強することの難しさ
バンドン工科大学の授業で、イノベーションが科目名に含まれる授業が2つあり、二つとも終わりました。
今期末試験中です。
正直イライラの連続で、なぜこんなにフラストレーションがたまるのか考えてみました。
イノベーションはこうやったらできますみたいな簡単なものじゃない
これが一番のいらいらの原因です。
わたしはベンチャーキャピタル業界が一番長かったので、イノベーションが生まれるところをたくさん見てきたし、その何十倍もうまくいかないケースを見てきています。そもそもチャレンジすることさえできない組織がたくさんあります。
なので、教科書的にイノベーションはこういう要素が必要で、これがそろうとイノベーションが生まれますなんて簡単に言われるとイラっと来るんです。
じゃあお前やってみろよという感じです。
わたしが連想したのは、わたしの娘たちが小さい頃よく見ていたBarbie Dreamhouse(バービーの動画)です。
パリピ(パーティーピーポー)のバービーはしょっちゅう家でパーティーをするのですが、料理やケーキを用意するときに、皿を台においてスイッチを押すのです。
するとくるっと皿がひっくりかえり、ケーキや料理が乗った皿に変わります。たぶんトイメーカーとのタイアップ企画ですね。
そしてバービーは決め顔でこういいます。「Cooking is hard work.」
まだ小さい娘たちが「Hard workじゃないよ、おかしいでしょ」と突っ込んでいました。
授業の説明を聞いていると、なんかスイッチ押したらできましたみたいな軽いノリを感じるんです。
先生たちはそんな意図は当然持っていないと思いますが、わたしにはそう感じるのです。
全然違うんですよ!イノベーションはほとんど失敗するんです。
起業家たちは24時間365日働いて、会社に寝泊まりしながら必死に開発して事業を拡大しようとして、それでも失敗するんです。
大企業なんてイノベーションの風土が希薄になってくるので、もっと大変です。
そもそも変化を好む人は大企業を就職先に選びません。変化よりも安定を求める人が集まる組織なのです。
イノベーションの定義がぶれぶれ
最初からひっかかっていたんです。
イノベーションは単なる発明ではない、消費者のマインドやエコシステムを変えるようなレベルで変化を起こすものがイノベーションだというのです。
発明だって世の中をガラッと変えるけどね、と思いながら聞いていました。
ところが、授業が進むうちに、いろいろなイノベーションがあると言い出しました。斬新的なイノベーション(Incremental innovation)とか、継続的なイノベーション(Continuous innovation)とか。
それって改善(Kaizen)のことを言ってないか?
たとえば、アバンザというトヨタのインドネシア車種が燃費を改善したことを斬新的なイノベーションというのです。
さすがに違うと思ったので質問しました。これのどこがイノベーションなんですか?と。
燃費の改善は、エンジンを変える、シャシーの形状を変えて空力をよくする、材料を変えて車体を軽くする、主にこの3点の組み合わせです。
でも、いずれの技術もトヨタの他の車種ですでに使われているアイデアをそのままインドネシアに持ってきてアバンザに適用しただけだと思います。
もしかしたらインドネシアならではの技術やアイデアが新たに使われている可能性もありますが、そういう説明もないのです。
そういうことを念頭に質問したのですが、先生は燃費をどうやって改善したかの情報をまったく知らないまま、結果だけ見てイノベーションと言っているんです。
販売チャネルが変わったわけではなく、客層も変わらず、車の使い方も変わりません。
イノベーションというからには、上記のようなことが発生したということですよねと、どのプロセスをもってイノベーションと言っているのか確認したのですが、ちゃんと答えられません。
あげくの果てにはテキストに書いてあるからですからね。
テキストにはiPhoneの機種が新しくなっていくとか、サムソンのスマホが新しくなっていくとか写真が出ていて、車についても出ていました。
そして、やはりどの部分にイノベーションが起きたのかの説明がないのです。
たとえばiPhoneなら指紋認証が入ったとか、カメラの機能が変わったとか、液晶から有機ELに変えたとか、たしかにイノベーションと言えるよねという点があるのですが、すっ飛ばしているんです。
イノベーションとは何かとか細かく定義しておいて、写真の見た目だけで変化しましたって、ちょっと雑すぎないか?という印象です。
この会話以来、議論をするのはやめました。
嫌がらせになってしまうからです。
そもそもテキストからしていまいちなので、仕方ありません。
イノベーション経験ほぼゼロな人がイノベーションを教えている
インドネシア自体、イノベーションがあまりない国なので、難しいとは思います。
でもゲストスピーカーで呼ぶとか、方法はあるんじゃないかと思うんですよね。
成功した人よりも、イノベーションを起こそうとして失敗した人とかの方が勉強になることが多いんです。
なぜならイノベーションの多くは失敗することの方が多いからです。
イノベーションの失敗の説明は、キャズム理論ひとつで終了です。
そもそも斬新的なイノベーションや継続的なイノベーションにはキャズムはないでしょと突っ込みたくなりました。どのイノベーションにどういうところが当てはまるのか説明しないのです。
申し訳ないですが、正直なところ、まったく役に立たない授業だなと思いました。
それを補完するため、多くのケーススタディーをして理解を深めようとしているのだろうと思います。
でも、ケースは成功事例ばかりだし、学生のケースの読み込みや理解が追いついていない気がします。
ビジネス経験がない学生にとっては難しいとは思います。安定志向の人間が集まった大きな組織では、イノベーションを起こすのがいかに難しいのか想像がつかないからです。
でも、せめて先生は授業のなかで深める努力をしてほしいです。
イノベーションがどれだけ大変なことかの感覚がない人が教えるから、教科書通りに教えて、この通りにやればイノベーションができますみたいなおかしな授業になってしまうんだろうと思います。
一概に講師が悪いともいえないし、学校の問題ともいえないし、イノベーションはどの国の産業にとっても大事だから何も教えないという訳にはいかないし、やり場のないもやもや感が残りました。
わたしはイノベーションなんて大げさなことを言わずに、ナレッジマネジメントだけに絞ればよかったのにと思っています。
授業のひとつは「Knowledge Management for Innovation」なんです。
こんな題の授業だから、Knowledge ManagementをやることでInnovationが生まれますみたいなとんでもない飛躍が起きてしまいます。
イノベーションは企業カルチャーに依存し、だからこそ難しいんです。
例えばわたしが昔いた家電業界では、松下電器(パナソニック)は「マネシタ電器」と言われ、ソニーは松下の東京研究所、シャープは早川電機をもじって「早まった電機」と言われていました。
シャープを創業した早川徳次さんは「他社に真似される商品を作ろう」と言った人です。
そういうカルチャーのもとにそれぞれに合ったイノベーションが起きるのです。
パナソニックは真似したと言われますが、松下幸之助の「水道哲学」という企業文化に基づき、プロセスや売り方を徹底的に考え、低価格で庶民の手に渡るように開発していました。そこには真似だけではない独自の細かいイノベーションがないと絶対にできないんです。
「世の中から貧をなくしたい」という強烈な創業理念がバックボーンになっているから、安易な人真似で終わらないんだろうと思っています。
ケーススタディーをすれば同じことをやるのは大変だと分かると思うんですが、なぜか誰でもできる前提で進んでいきます。
例えば、ホンダの「WAIGAYA」をケースでやりましたが、わたしはインドネシアの企業ではワイガヤは無理だと思います。
下の人間が上の人間に意見を言うなど文化的にあり得ないからです。
ワイガヤのケースを見て、これをインドネシアの文化でやるとしたら、どういう応用の仕方があるだろうかとか議論をするのが本当に役立つ授業だと思います。
そもそもイノベーションは効率的な整然とした組織では起きません。混乱して好き勝手にやる自由を尊ぶ文化で起きるものなのです。上から言われたこと、決まったことしかやらないというインドネシアような権威主義の文化ではとても起きにくいのです。
「MBAではイノベーションを学習しないといけない。学習の仕方はこうでないといけない。」という杓子定規な発想をしている時点で自己矛盾を引き起こしていて、イノベーションからかけ離れてしまっているんですよね。
不満をぶちまける回になってしまい申し訳ありません。
おわり