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ブンクル州の旅 州都ブンクルの名所を徹底的にまわる

1日かけて周る予定が、半日で終わってしまいました。
でもやった感はあります。


1.ブンクル州ミュージアム

まずは全体感をつかむのに丁度良い博物館からスタート
1つだけ離れた場所にあり、マイルール「最初に行きにくい場所、遠い場所に行く」にも適合する。

中学生の見学とかぶって賑やかな中、スタッフの方がつきっきりで説明してくれる。

しゃがみこんでメモまたはデッサン

まずブンクル州といっても大きく民族で分類し9に分かれるという。
マレー、ジャワ、ミナン、バタックなど出身もバラバラ。

多数派は黄色と赤の部分

そして家の形もいろいろで混ざっている。

1番右手前のタイプの家をブンクルの街周辺で1番見る

1番惹かれたのは、葉っぱでできた服

先住民エンガノ族の服

布を織らない文化レベルであれば、普通は大きめの葉っぱ一枚で股間を隠す程度だろう。ここはもっと洗練されていて、流行りのパーマカルチャー好きな人たちに見せたい。
ちなみに彼らの家はこんな感じ

可愛らしい

2.マールボロ砦

博物館からここまでバイクタクシーで100円
このあたりが昔の街の中心だったため、名所が集中している。

この砦ができる前は、近くにあったヨーク砦が防衛設備だったが、こっちに移した。
とても綺麗に残っており、四隅に突出部を設けた本丸に出丸を加え、五角形の砦になっている。砦の周囲は浅い空堀で囲っている。

この砦の中の建物に、歴史が詳細に書かれている展示があり、参考になる。
博物館には歴史の説明がほとんどなかったのだ。

1824年のロンドン条約で、イギリスが今のインドネシアにある権益を、オランダが今のマレーシアとシンガポールに持つ権益と交換して、今の国境につながるので、正確に知りたかったのだ。

イギリスはこの時にブンクルを手放している。

砦の中は広々している

3.トーマス・パー関連の史跡ふたつ

一つはパーの塔、もう一つがトーマス・パーモニュメント

一体トーマス・パーとはどんな人物だったのか。プランテーションのオーナーで殺されたことくらいしかわかっていなかった。
名前はプロゴルファー、あるいはウイスキーのブランドみたいだ。

マリオボロ砦の展示物にパーの事件の説明が詳しく書いてあり、事情が分かった。
と同時に、故人に対して言いにくいが、こんなろくでなしのために何故モニュメントを置くのか謎は深まった。
プランテーション経営で、労働者をかなり虐待して、ついにキレた現地人たちがパーを襲って殺しただけの話だ。偉人でもなんでもない。

わたしの仮説はこうだ。
イギリス人に刃向かうな、俺達は徹底的にやるからなとと現地人に見せつけるためだったんじゃないか。
パーが極悪非道な人物だったことを知った上で、こんな人物に対して刃向かうことさえ許さないというギャップが更に効果的かもしれない。

もう少し皮肉を効かせた展示にする方が良いなと思った。

3.旧日本軍のバンカー

地図にはそのように出ているが、言われなければ全く気づかないような建物だ。
海岸に近いのでトーチカを設置するならわからないでもないが、見た目はトーチカでなく倉庫的に使った建物に見える。

多くの人が気づかないで素通りする

4.0キロポイント

道の始まりを示す標記で、日本では距離標と呼ばれている。
インドネシアのように派手ではないので、気づかないだけで、普段通り過ぎているはずだ。

わたしはインドネシアの最西端サバンの0キロポイントにも行ったことがある。
ちなみに最南端には0キロポイントはなく、最南端を示すモニュメントがあるだけのようだ。わたしは島までしか行っていないので、写真でしかみていない。

5.中華街

砦の真横にあり、すっかり廃れている。
門だけはかなり巨大だ。

見るべきものはないが、ついでに見る程度なら良いだろう。

6.旧郵便局

ブンクルにあるコロニアル時代を代表する建物の一つと聞き行ってみた。
最初は全く気づかなかった。
それくらい、普通に使われている建物だ。

建物の中はカフェとして改装中。
天井が高く最高の雰囲気のカフェになりそう。

7.ラッフルズ宮殿

昔のラッフルズ総督がいた建物で、今は州のオフィスになっている。
中には入れない。

敷地内で鹿を飼っていて、餌をやれる。

この横に、かつて地元民や観光客で賑わったであろうタワーが建っている。
インドネシアあるあるで、メンテナンス不足により故障し中には入れない。

8.イギリス人墓地

観光地になっているようなので行ってみる。
誰も面倒を見ずに草むしているのだろうと思っていたら、思いのほか綺麗に保たれていて驚く。
教会の裏手にあり、もしかしたらこの教会がずっと面倒を見ていたのかもしれない。
敷地には入れず、外から写真だけ撮った。

9.ロバート・ハミルトンの碑

誰なんだという謎が残る。
調べてもキャプテンくらいしか出てこないし、若死にしてるからトーマス・パーみたいに殺されているかもしれない。
なのに、なぜか古い記念碑だとして大切にされている。
行く価値は全くないだろう。

10.スカルノの流刑時代の家

スカルノははオランダ植民地政府により1938年から1942年までこの地に流刑されていた。
ブンクルに来る前の4年間はフローレス島のエンデに流刑されている。
ここでスカルノは後の夫人となるファトマワティと出会い結婚する。

家はアメリカの家みたいで、TGI Fridaysを思い出させる。

風がとてもよく通り、気持ちの良い空間。

小学生の社会科見学

11.ファトマワティの家

スカルノの家から近い。
しかし、スカルノの家と異なり全く観光客がいない。

なんということか。
わたしは断然こっちを訪問することをすすめる。

なぜなら、ここにはインドネシア国旗「メラプティ(紅白)」を作ったミシンが置かれていて、そこで写真を撮れるからだ。

このファトマワティが旗を縫うというのは、インドネシアの愛国心を呼び起こす重要場面の一つだ。
ファトマワティの巨大な銅像も、ミシン台と共に座るショットになっている。

夜のライトアップ

ファトマワティは、メガワティ元大統領のお母さんで、どこか面影がある。
わたしはメガワティは政治家としてはあまり好きではないが、彼女のルーツに触れ少し親しみを持てた気がした。

12.土産を買う

スカルノの家がある通りに土産屋が固まっているので、土産を買いたい人はここに来ると良い
スカルノの家からファトマワティの家に歩いて行くコース上にあたる。

スカルノハッタ通り

13.ブンクルグルメ

バイタット
ブンクル名物のケーキ
どの店も価格は変わらず25,000ルピア(250円)
見た目はパイ生地っぽく楽しみにしていた

味はあまり好みではない。
食感はしっとりした感じで、味はジンジャーブレッドからジンジャーを抜いた感じと言えば通じるだろうか。

とはいえ、おやつの時間にホテルで紅茶と一緒に頂き、一気に食べたくらいだから、不味いという訳ではない。

シーフードを食べる
昨夜と別の店にしようとしたら閉まっていて、結局同じ店に来てしまった。
ビールを飲みながら食べたいと思っていたが仕方ない。

大きなエビを焼いてもらい、あとはカンクン炒め(空芯菜)にライスとオレンジジュース。

背開きで網焼き

エビは大きくなればなるほど高くなるのは納得だ。プリプリ感がいつも買う小さいエビとは別もの。
また贅沢をしてしまった。
だが、全部で1000円ちょっとと思えばお買い得だろう。

14.ホテル情報

スプラッシュホテルというロンリープラネットにも載っているホテルで、とてもよかった。

場所が何よりよく、またお湯のシャワーが湯量たっぷりに出る。
まだ新しくきれい。
値段もアゴダで2500円くらいとまあまあ安い。朝食をつけると3000円くらい。朝食は簡単なホテルのビュッフェでこの価格なら十分に満足。

おまけ: 砂浜をランニング

昨日の話になるが、海沿いを走った。
パンタイパンジャン、パンタイ=海岸、パンジャン=長いで、直訳すると長い海岸という意味になる。

ランニングコースがあり、片道7km弱ある。
歩いている人、走っている人が少しいた。
わたしは波に洗われ少ししまって固くなった砂浜を走った。

ランニングコースはコンクリで固いのと、濡れると滑りやすい
地元の人たちが掃除をしているのだろう。ゴミが落ちていない。
インドネシアでこんなにきれいな砂浜は珍しい。

漁師らしい人が、ひもを引っ張るのを見たが、取れたものは見なかった。


明日は朝からバスに乗りランプン州のクルイに移動する予定にしてます。

記事は1日休みます。

マルボロ砦周辺の拡大図






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