ピカチュウ、カイリュウ、ヤドラン、ピジョン
【日々はあっちゅーま】
#3,ゲーム中毒
東京都八王子市ここは高尾山。
都心から近く、ケーブルカーやビアガーデンなども整備されている為、多くの観光客や登山客で賑わう山である。
保育園勤務時代の私は、一緒に出かけるガールフレンドも居なかった為。
同僚の男性保育士、飯田くん♂と、何が悲しいかな男二人で山登りをしていたものである。
その途中…。
飯田「…そういえば前田ちゃんって、ポケモンやったことある?」
実に嘆かわしいことであるが、山に登ろうが、海で泳ごうが、漫画とゲームの話が始まれば熱くなってしまう。
それが男子というものの習性である。
前田「え?ポケモン?あんなもの子どものやるゲームじゃないの?」
飯田「あっ!分かってないなぁ、前田ちゃん!ポケモンこそは大人の中の大人こそが嗜むべきゲームだよ!」
前田「またまた、大袈裟な」
飯田「違うんだって!前田ちゃんも一度、最強のポケモン育ててみたら分かるから!」
男子にとって、自分の好きなゲームを否定されることは、人格を否定されるに等しいほどの屈辱なのである。
その後、気持ちの良い新緑や、アップダウンを繰り返す山道もどこ吹く風で、ひたすらにポケモンの面白さを力説する飯田氏。
その素晴らしいプレゼンテーションの甲斐あってか、山頂に着く頃には、すでにゲームをやりたくなっていた私。
前田「…いや、分かったよ、ポケモンが面白いことは。俺だってやりたいよ!でも駄目なんだよ。おれゲーム中毒なんだよ!一度始めたらやめられないんだよ。ゲーム中毒なんだよ!」」
そうなのである。何を隠そう、まえだゆうきは正真正銘のゲーム中毒なのである。
飯田「…そうしたら、前田ちゃん。俺の本体(ニンテンドーDS)貸してあげるよ。そしてゲームが終わったら本体返してくれればいい。ものは試し。1回こっきりで終わりにすればいいじゃない?」
なるほど、なかなかに建設的な意見である。
そうと決まれば大急ぎで下山、その足でゲオ(中古ゲームショップ)に向かい、ポケモンホワイト(※1)を購入する。
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帰宅後、ワクワクを抑えきれず封を開けゲームを起動、冒険が始まる。
主人公の名前はゆうくん、モンスターボール(※2)を片手に、ゲームの世界を縦横無尽に走り回る。
お、おもしろい!
面白すぎてついつい明け方までやってしまった。
寝ぼけ眼を擦りながら職場(保育園)へと向かう。
保育園の自由時間では、子どもたちがブロックで遊んだり、ねんどで遊んだり、好きな事をして遊ぶ。
もちろん塗り絵をする子もいて。それぞれが好きな塗り絵帳を持って来て、職員にコピーをねだるのである。
「ゆうきせんせーい!ポケモンコピーして!」
おっ、ポケモンを塗るとは、なかなか分かっているではないか。
どれどれ、これはフシギダネ(※3)だな。よろしい!
しかしゆうき先生は、こんな塗り絵ごときではない、本物のポケモンワールドで冒険をしているんだぞ!
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1日の仕事が終わる頃、ゆうくんの冒険は始まる。
愛するポケモンと一緒に、山を越え、海を越え、街から街へ旅を続ける。
そして数日後、ついに感動のエンディングへ!
…。
感動のエンディング。のはずだが、しかし何かがおかしい…。
ポケモン図鑑が揃わない(※4)のである。
いや、薄々分かってはいた。ポケモンホワイトをやっている時点で、ポケモンブラックもやらなきゃポケモンが揃わない事くらい、本当はわかっていた。
本当は分かっていながら、ゲームに夢中になる自分への後ろめたさ故に、あえて気づかないふりをしていたんだ。
でも本当は知っている。
自分が心からやりたい!って思えることは、神様から与えられた宿題だって、何かの自己啓発系の本で読んだんだ!
そしてゲオに走った。
頭の中で、親友の飯田くんの声がリフレインしたが、聞こえないふりをした。
「ものは試し。1回こっきりで終わりにすればいいじゃない?」
1時間後、ポケモンブラック、そして自分用のニンテンドーDS本体をちゃっかり購入した私は、誰もいないアパートに籠もって、ゲーム機を2台起動させ、せっせとポケモン図鑑の収集を開始したのである。
(ポケモンは通信機能を使ってポケモンのやり取りをする為、私のように1人ぼっちな人間は、1人で2台のゲーム機を使わなければならない。)
数日後
すっかり寝不足続きでやつれはてた私は、園児たちとお散歩に出かけても、給食を食べていても、頭の中でポケモンバトルの妄想に耽るようになっていた。
まるで、若き日のアインシュタインが、頭の中で光の速度についての仮想実験を行なったように。
まえだゆうきの頭の中では、最強のポケモンパーティー(※5)についての、仮想実験が着々と行われていたのである。
ちなみにポケモンブラッククリア後も、その他のポケモンシリーズに手を出し、最終的にゲームソフト4本と、本体2つをこっそり追加購入した。
仕事が終わると、走って自宅に帰り、最強のポケモン育成に励む私。
ゲームをしながらパソコンを開き、情報収集も怠らない。
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最強のポケモンを生み出すためには、まず最強の親を選ばなければならない。
ポケモンにはそれぞれ、個体値や種族値、努力値などの、隠された強さの数値が存在し、まったく同じ姿形をしていても、強さが同じとは限らない。
まずは野生に出現するポケモンを無数に捕獲してきて、人工的な環境の下、理想の個体が生まれるまで、種の配合を繰り返す。
まるで古代人類が、家畜を使役化する為に、足の速い馬を生み出すために品種配合を行った、あれである。
そうやって理想の個体を生み出す為の行為を総称して、ポケモン用語で厳選と呼ぶ。
一通り厳選を終えて、粒の揃った個体が出来上がると、今度はパーティー編成である。
ポケモンバトルは通常3体のポケモンで行う為、それぞれのポケモンのコンビネーションが重要になってくる。
タイプ相性は適正か?弱点のカバーはできているか?攻守のバランスは取れているか?睡眠対策にカゴの実(※6)は持たせているか?
考える事はそれこそ、山のように尽きる事がない。
その頃、保育士資格取得の為に、通信教育にまで申し込んでいたのにも関わらず。
全く勉強には手をつけず、ポケモンの研究ばかり。
保育原理やら社会福祉やら、難しい単語は全く覚えられないのに、なぜかポケモン専門用語だけはスラスラと暗唱できてしまう悲しさよ。
それでも時間が足りない!
毎日毎日、睡眠時間を削って頑張っても、一向に理想のポケモンが育たない!
諦めかけた私に、そのとき天啓が降りて来た。
「そうだポケモン改造(※7)すればいいんだ!」
インターネットを検索して、ゲーム改造キットを注文する私。
これで時間をかけなくても、最強のポケモンが好きなだけ!改造し放題だぜ!!
…。
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思うに、人生というものは、そこそこに不自由があるからこそ、燃え上がるものである。
お金持ちの家に生まれ、容姿が端麗であれば楽しいかもしれないが。
失恋する悲しみや、失敗する苦しみ、貧乏の辛さを味わない人生というものは、果たして楽しいものだろうか?
思うに、ポケモンも始めた頃が1番楽しかった。
草むらをかけ、愛するポケモンたちと触れ合った懐かしき日々よ。
今では改造されてムキムキになったポケモンたちに囲まれて、向かう所敵なしだが、何一つ達成感はない。
いったい、俺は何をやっていたんだ。
休みの日に夕方まで寝てしまった時のような虚しさが、心の隅まで染み渡った。
そして手元にあった沢山のゲームソフト、ゲーム機本体、攻略本、改造キットを手に持つと、最寄りのローソンまで持っていってゴミ箱に捨てた。
それっきり、ゲームの恐ろしさを改めて思い知った私は、より一層ゲームから距離をとり、禁欲的な生活を送る事になる。
それから月日は流れ、精神的にも強くなり、もうゲームやりたい欲もほとんどなくなった私だが。
それでも時々、絵本執筆に追われている時など、あの楽しかったポケモンワールドでの冒険が脳裏に蘇ることがある。
そんな時、ついつい呟くのである。
「あー、たまにはゲームやりたいなぁ。」
ちなみに、事の顛末を親友の飯田くんに話したところ。
「何、俺のゲーム機、勝手に捨ててるの!?」
と激怒された事は言うまでもない。
おしまい
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『注釈』
※1【ポケモンホワイト・ブラック】
通称第5世代、
第1世代、(赤・緑)
第2世代、(金・銀)
第3世代、(ルビー・サファイア)
第4世代、(ダイヤモンド・パール)ときて、シリーズ第5弾のポケモンある。
2020年現在、第8世代までシリーズは順調に発売されている。
※2【モンスターボール】
ポケモンを捕獲する為の専用のボール。
その他、スーパーボール、ハイパーボール、ダークボールなど、世代を重ねるごとに様々な形のボールが登場する。
ポケモン対人対戦の際、どのポケモンが何のボールから出てくるかによって、相手の戦略を把握する事も可能である。(例:ぜったいれいどスイクンなど)
※3【フシギダネ】
ポケモン初代御三家の1匹
(冒険の最初にもらえる三匹のポケモンを御三家と呼ぶ)
→フシギソウ→フシギバナと進化をする。
※4【ポケモン図鑑】
新しいポケモンを捕獲するたびに、自動的にデータが埋まっていく図鑑。
すべてのポケモンを捕まえて図鑑をコンプリートするには、すべてのシリーズのポケモンを制覇し、通信交換を繰り返す必要があり、まさに至難の技。
第5世代段階で、全ポケモン数は649種類。
2020年現在では優に800種類を越えるポケモンたちが、今もなおポケモンワールドを闊歩している。
※5【最強のポケモンパーティー】
ポケモンにはそれぞれ、炎、水といったタイプが備わっており、得意とする相性、苦手とする相性など、様々な組み合わせが存在する。
基本的にポケモンのパーティーは6匹で構築し、そのうちの3匹をバトルに選んで出場させる。
タイプ相性、攻守のバランスなど、その時々の環境に合わせてブレンドし直し、自分の信じる最強のパーティーを構築し、戦いに挑む。
そうやって信頼するポケモンと共に、戦いを続けるプレイヤー全般を指して、ポケモントレーナー、もしくはポケモン廃人と呼ぶ。
※6【カゴのみ】
戦闘中、ポケモンに持たせる事のできる持ち物の内の1つ、ポケモンが眠り状態に陥った際に、自動的に目を覚まさせてくれる。
ポケモンバトル中に眠ってしまうことは、試合終了にも等しい危機の為、何かしらの睡眠対策をポケモンパーティーに講じておくことは必須である。
※7【ポケモン改造】
専用の機械を使う事によって、ゲーム内のデータを改竄し、理想的な個体のポケモンを自由に生み出したり、自然には絶対に覚えられない技や、特技を覚えさせる行為。
ポケモンの公式の試合で使用したり、インターネット対戦で使用する行為は禁じられている。
(良い子のみんなは真似しちゃダメだよ)