拙著『民衆 対 陸軍』の6~8章は次のような内容です。
大衆的人気の大隈重信が総理大臣となるが、大隈は元老たちの「かいらい」だった。長州軍閥や元老たちの意を受けて大隈内閣は中国に「二十一カ条の要求」を示し、大陸への膨張意欲をあらわにする。
一方、第一次世界大戦中にロシア革命が勃発し、戦後には東欧諸国が独立した。「社会主義」「民族自決」という形での世界的な「民衆の台頭」である。
わが国では大隈が退いた後、長州軍閥の寺内正毅が総理を務めていた。しかし、米騒動により寺内は退陣を余儀なくされ、「平民宰相」原敬が首班となる。米騒動という「民衆の台頭」に押された政権交代である。
章節立ては以下。
6章 大隈内閣と「二十一カ条の要求」
大隈内閣は元老の影響下にあった / 南洋諸島と山東半島を支配 / 二個師団増設の実現と大戦景気 / 「二十一カ条の要求」による日中関係の悪化 / 朝鮮総督の寺内正毅が総理に就任
7章 第一次世界大戦による「民衆の台頭」
ロシア革命によるロシア帝国の崩壊 / ドイツ、オーストリアでも革命勃発 / ウィルソン米大統領の「十四カ条」 / 国際連盟の発足と東欧諸国の独立 / 朝鮮の三 ・一運動は「民衆の台頭」の一つだった / 中国の五 ・四運動も「民衆の台頭」の一つだった
8章 米騒動と原内閣
革命後のシベリアに大軍を出兵 / シベリア出兵が米騒動を引き起こした / 米騒動が「非立憲」寺内内閣を倒した / 原敬は華族でも士族でもない平民宰相だった