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M&Aの料金体系は何がいいのか?

私はM&A会社に勤めていたわけでも、金融業界出身というわけでもなく、新聞記者からWebメディアを作りたくて起業して以降、何度かピボットを繰り返しながら、国内、海外で複数の会社を興し、事業を行ってきました。M&Aは、その中で自社の事業を譲渡したり譲受したりは何度かあるものの、FA(アドバイザー)や仲介を入れて進めたことはなく、すべて取引先との水平統合を直接行いました。

その中で、事業の方向性を転換する際、または何らかの環境変化に対応できなくなった際に、M&Aほど有効な手段はないのではないかと実感しました。同時に、専門家を入れずに直接案件を進めるリスクも実感しました。それがM&A事業を本格化した理由です。私の場合は、信頼関係が確立している先との交渉だったので、その後も良好な関係を保っていますが、そうではない場合は(そうであっても)トラブルに発展する可能性が大いにあります。私はたまたまラッキーだっただけです。

今はM&A事業を本格的に行っていますので、その専門業者としてのポジショントークと思われるかもしれません。はい、その通りポジショントークですが、でも実際にそうなんですよ。私の場合はたまたまラッキーだったと言いましたが、それでも当時は自分なりに相当勉強し、顧問弁護士も交えて臨みました。

実は、その後M&A事業をやることになるのは、その時の経験が大きいのですが、何よりこれまでの経営経験をこれほど活かせる分野はないのではないかと実感したことも大きな理由です。

私がゼロから立ち上げたのは、社員30人、売上5、6億くらいの会社でしたので、現在M&Aで手掛けている案件の規模も、数千~10億未満くらいの小さな会社を、より大きな会社に売却するようなものが多いです(M&A業界としては儲からない領域かもしれません)。

そして、それくらいの規模で面白い事業をしている会社は、儲かってないところが多い。堅実に利益を出しているのは地味なレガシー事業で、社会に新たな価値を提供しようとする、いわゆるベンチャー的な会社ではありません。社会的意義が大きいけどリスクが高い(成功確率が低い)から「ベンチャー」と表現するのでしょうが、そのような会社を成長させるには、下手にリスクマネーを調達するよりも、M&Aが最適なんじゃないかと思いました。なぜなら、儲かっているレガシー企業にとっても、次世代に向けた取り組みは必須ですが、社内で事業部を作ってもうまく行くケースは稀だからです。

ざっくりそんな経緯でM&A事業を本格化した私ですので、業界の外から客観的に見てるような感覚が、未だにあります。どうも業界では当たり前のようなことでも、外から見ると結構不思議だったりします。

その一つが「完全成功報酬制」です。

M&Aの報酬体系

まず、M&Aの報酬体系にはどのようなものがあるのか、大雑把に分類します。

1.完全成功報酬制

M&A業界でやたらと多いのが、この「完全成功報酬制」です。もちろん、着手金や中間金を取っている業者は多数ありますが、たぶん、最大手でこの業界のスタンダードをつくったとされるM&Aセンターがそのやり方(着手・中間あり)なので、後発の会社が差別化のために「うちは成約まで一切いただきません」とやり始めたのではないかという気がします(違ってたらごめんなさい)。

「成約するまで一切費用は掛からない」というと、確かに当事者企業からすると取り組みやすいと思います。しかし、後述するようなデメリットもあり、どこか一社に過度に負担を強いるビジネスモデルは、中身と継続性に疑問があると私は思っています

2.着手金・中間金+成功報酬

これは最もスタンダードな方法かもしれません(当社も基本的にそうです)。やはり、着手金をきちんといただいて、そこから案件化にかかる場合と、いただかない場合とでは、クライアントの取り組み姿勢が違います。また、業者側の責任感も違ってきます。金額にもよりますが、着手や中間は、それぞれ案件化作業(概要書作成等)やDD(デューデリジェンス)等にかかるコストを前もって頂戴するものであり、そのように小さなキャッシュポイントをいくつか設けることで、事業のリスクを幾分かは下げることができます。もちろん、そんなことしなくても十分な運転資金がある会社は、リスクヘッジを考えなくてもいいかもしれませんが、特に中小企業においては、少なくとも当事者企業の取り組み姿勢は違ってくると思います。

3.月額制(リテーナーフィー)

上記とは違い、月額制でM&Aを進める場合もあります。M&A業者への報酬体系は、一般的にはレーマン表(売買金額や移動資産額に応じた報酬割合を規定する表)をベースにするケースが多いですが、この場合は、コンサルや顧問料のように月ごとに支払っていただくものですね。

この場合、結果的にいくらの金額で成約するか最初の段階ではわからないわけですので、最低報酬として規定している金額を一年程度(期間を決めないとクライアントのリスクが上がります)で分割していただき、それ以上の売買が成立すれば、上回った分を成約後にいただくという形が合理的だろうなと思います。

問題は成約しなかった場合ですが、成約しないのには何らかの理由があるはずです。売り手の場合は、財務状況や売却後の体制など、経験上「ここを改善すれば売り先は見つかるだろうな」とわかるポイントがある場合があります。契約期間中にそれが判明した場合、そこを改善するためのコンサルティングに切り替えるということも、この料金体系の中では可能です。

小さな会社は、公と私がごちゃ混ぜ状態なことは珍しくありません。会社の資産ではないはずなのに決算書上は資産とされていたり、借地の上に会社が建てた工場が実は未登記で税金も払ってないのに、固定資産として載っていたり。

そのままの状態では、まず売れない。それがわかっている以上、それらをまず改善することです。しかし、業種にもよりますが、多くの中小経営者は決算書を読めません。というか、ちゃんと見ていません。当然、財務の実態を正確に把握している経営者はとても少なく、何が問題なのかもわかっていません。

そんな人に状況を説明して、いい状態で売却するために一年ほどかけて財務を改善するアドバイスを行う。同じ料金体系の中で、そのように転換することも可能なわけです。結果、いい条件で売れたら、その分の差額を成約後にいただくという形なら、どちらか一方に過大にリスクを負わせるという事にはならないと思います。

買い手の場合は、戦略立案から入ります。将来、どのような姿になりたいのか。そのために、どの業界、どの地域、どの規模感で買収を行うのか。買収後の人員配置はどのようにするのか。もちろん、対象企業ありきの部分もありますが、そのような計画から入って、実際にソーシング(相手探し)を始めていく。

一定の期間を設定して行うので、クライアントにとっていつまでも報酬が続くリスクはありません。半年も集中してやれば、その先はだいたい見えてきます。

いずれにしても、上記2つのアドバイザー報酬だと「M&Aの業務委託」という契約になりますが、月額制だと「顧問契約」のような形態が可能で、支援できる幅が違ってきます(もちろん、人によってできる範囲は違ってきますが)。

「完全成功報酬だから安心」に疑問

結局、取引相手のどちらかがより多くのリスクを背負うようなモデルは、無理があるのです。M&A業者はほとんど営業会社なので、多くの案件を獲得するために、入り口を低くしているけれど、それは業者にとっても当事者企業にとっても、いいことではないと思っています。

一度ネットで「M&A」と検索してみてください。たくさんの会社の広告が最初に出てきますが、多くが「完全成功報酬だから安心」などと謳っています。本当にそうでしょうか?

M&Aは、守秘義務契約のもと、会社の中身を丸裸にして、様々な会社にそれを見せて検討してもらう作業が必要です。売上、利益、資産、負債などはもちろんのこと、役員や社員の年齢や居住地域、経歴などの個人情報も満載です。

専任、非専任問わず、成約するまで料金がかからないからと、そんな機密事項を他社に預ける行為が、果たして安心でしょうか?もちろん、多くのM&A会社は責任をもって情報を管理しているはずですが、今問題になっている会社の事例などを見ると、そうとも言えないんじゃないかと思えてきます。

料金体系(課金タイミング)なんて、別に法律で規制されるわけではないので、その会社に合う方法でやればいいのですが、私は成功報酬制でやるときであっても、「完全成功報酬」ではなく、上記2の形で少なくとも着手金と中間金は、実際にかかるコストとしていただくようにしています。理由は以下の通りです。

  1. 中途半端な覚悟で臨まれる
    M&Aは、売る方も買う方も、ド真剣に取り組まないといいマッチングはできません。特に売り手にとっては一生のうちに何度もあることではなく、それに中途半端な姿勢で取り組むと、ロクな結果になりません。しかし、この料金体系の場合、成約するまで一切料金がかからないので「まあいい所があれば売ってもいいかな」くらいの覚悟で事に当たる当事者が多い印象があります(特に、M&Aを役員会で決議することなく、独断で決めるオーナー会社は)。

  2. 中途半端な対応になる
    これは業者の問題ですが、企業である以上、利益を追求するのは当然のことです。その中で「完全成功報酬制」をしてしまうと、同時に10くらいの案件を抱え、取り組みやすいところに力を入れていくことにならざるを得ません。成約できるかどうかわからない難しい案件は、放っておくしかないのです。結果、必要最低限の情報を、Webのマッチングサイト掲載だけして、あとは放置というパターンになります。

  3. 体力のない会社は持たない
    これも業者の問題ですが、規模の大小を問わず、M&Aの進行中は様々な課題が突き付けられるものです。それが素早く解決できる事であればいいのですが、解決に1か月、あるいは数か月かかるようなこともあり、最悪の場合、それが解決できずにブレイク(破談)してしまうケースもあります。例えばそれまでに半年くらい時間をかけていた案件がそうなると、小さな会社にとってはとてもじゃないがやってられないということになります。このような、どこかに過大な負担のかかるビジネスモデルは、継続性がないのです。

双方にとって最適な料金体系はなにか?

上記のように整理すると、私は「月額制(リテーナーフィー)」が、実は当事者企業とM&A業者双方にとって最適な方法なんじゃないかと思っています。上記2の場合は、財務内容等は事前にわかるものの、進行期間中に何らかの法的規制が入ったり(実際にその経験もあります)、何らかのトラブルで財務内容を毀損するようなこと起きても、変更ができません。

ただ、月額制は成約できなかった場合が問題です。

その場合、売り手の場合は、上述のような「売るための改善コンサルティング」に一定期間切り替える。いい財務状態になったら、売却の可能性は格段に上がります。

買い手の場合は、一定の期間を設けて料金を発生させ、それ以後は成約までいただかないなど、契約時に何らかの取り決めを個別に行うということで、ある程度は解決できます。また、会社の成長戦略上、どんな業種のどんな規模を買うべきか、将来的なロードマップを含めて立案するなど、もっと深く入り込んだアドバイザーとしての役割も可能です。

もちろん、それは人によってまちまちでしょうけれど、25年以上様々な業種を経営してきた私のような人間は、そのようなことができる希少性があるのではないかと、最後にまたポジショントークをして、この考察を終えたいと思います。

※ここで書いたパターンに必ずしも当てはまらない会社はあると思いますが、あくまで一般的な中小企業にとって最適なモデルを考えました。

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