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M&Aが経営筋力を高める

創業した企業を上場させ、今はスタートアップ支援をしている方が、「M&Aは経営筋力を高めるので、できるだけ早い段階でやった方がいい」と言ってました。

また、そのようなスタートアップ支援周りの皆さんは、口を揃えて「成功している起業家は、皆M&Aが上手い」と言います。

これらは私の考えとまったく同じで、M&Aのプロセスには経営に必要な要素がこれでもかと詰まっています。これを経験することは、いわば経営者の筋トレなのです。

M&A事業をしている私が言うのは、ポジショントークと思うでしょ?

でもね、実際にM&Aの現場を何度も経験すると、本当にそれは実感するのです。

M&Aで鍛えられる経営筋力

では、M&Aのプロセスを紐解いて、どの部分が経営筋力アップにつながるのかを見ていきましょう。

1.成長戦略

買収に当たっては、自社の成長戦略を描き、そのために必要なリソースを明確にする必要があります。また、自身の出口としての売却ではなく、成長戦略としての売却であれば、売り手企業もそれは同じです。

ここは、ともすれば「絵に描いた餅」になりがちな部分ですが、まさにM&Aの目的であり、その検討精度を高めることが最重要であると言えます。精度を高めるほど、当然ながら対象企業のソーシング(相手探し)も絞られてくるし、交渉のポイントも外すことがなくなります。

この点、(サイズによりますが)日本企業は苦手な分野かもしれません。社内的に必要な手続きや根回しに時間と労力を取られ、また取締役会などの意思決定機関を通すための施策も無駄に発生し、本来必要なこの部分が軽視されてしまう傾向は、私も実際に見てきました。

ここの精度を高めるには、今後の成長戦略の中で自社に何か足りなくて、それを補うとどのようになるのか。それにはどれくらいの投資が可能なのか。そんな仮説を立てることが必要です。

鍛えられる筋力:ビジネスDD(デューデリジェンス)に必要な総合力

2.ソーシング

上記の成長戦略に基づいて、相応しい相手を探す行為をソーシングと言います。M&A会社がリストを作って、ひたすら当たっていくイメージが強いと思いますが、規模によってはネットのM&Aプラットフォームを活用する場合もあります(筋のいい会社は多くない印象ですが)。

対象になりそうな会社については、「ノンネームシート」と言われる匿名情報で、売上利益などのごく粗い実績だけを見て絞り込んでいき、打診した相手とNDA後に「ネームクリア」してもらう流れです。

どんな事業規模で、どの領域に強いのか。どんな社風なら自社にマッチしそうか。それらを考えながら他社の情報を精査していきます。

鍛えられる筋力:表面上のデータから相手の状況を推察する力と、コミュニケーション能力

3.バリュエーション(企業価値評価)

M&Aと言えば、このプロセスを思い浮かべる人も多いかもしれません。売上・利益(P/L)と資産・負債(BS)の詳細情報、社員一人当たりの利益、業界の伸びしろ、社歴、社員定着率、社長依存度、自社事業とのシナジーなどを総合的に判断し、対象企業の価値を判断します。

つまり、P/L、BSと言った会計情報から得られるものは、その一部(もちろん重要ですが)であり、全部ではありません。それらを総合的に判断して、自社にとっての対象企業の価値を判断するのが、中小企業のバリュエーションです。

ここで忘れてはいけないのは、あくまでも「自社にとっての価値」ということです。M&Aは買い手と売り手の商取引です。正しい金額とは、難しい計算方法で導いた数字ではなく、双方が納得する金額です。だからこそ、会計上の数字だけでなく、上記のような要素を総合的に判断する必要があるのです。

鍛えられる筋力:詳細な数字で相手を読み解く能力。業界の将来を見通す洞察力。カルチャーを含めて自社との相性を推察する理解力

4.仕組化

よく売り手企業のノンネームシート(初期の検討のための匿名情報)などに「自走可能」という表現が出てきます。自走とは、決して会社全体が社長不在でも大丈夫というわけではなく、日常の現場は他のリーダーが主軸となって回っていくということです。

売り上げの大半を社長が稼いでいるという中小企業があります。というか、想像以上に多いです。なぜなら、社長はそれだけで優秀な営業マンだからです。

営業される側で考えてみてください。営業マンが行くよりも、社長自身が行く方が説得力もあるし、思いの強さも伝わるはずです。どうしたって、社長は他の社員よりも営業ができるのです

一件、社長が行って契約を取ったとします。その客は、それ以降も社長じゃないと満足しません。社長自身も「他の社員に行かせて失注したらどうしよう」という不安があり、なかなか踏み切れません。一件一件、それが積み重なる結果、社長経由の受注が圧倒的に多い会社になってしまいます。

社長依存度の高い企業は、買う側にとってはマイナスでしかなく、売れにくいのです。一定期間の引継ぎでスムーズに移行できるかどうか、とても未知数なのです。

ここは特に売り手企業に意識してほしいところです。

鍛えられる筋力:会社全体を俯瞰し、自分を含めて適材適所に配置するマネジメント力

5.交渉

ビジネスは矛盾の解決です。一方は高く売りたい、他方は安く買いたい。一方にとってのいい条件は、他方にとっての悪い条件になる。その根本的な矛盾が「M&A仲介は利益相反だ」と言われる所以です。

利益相反論はテーマが違うので横に置きますが、その矛盾の解決は、当事者同士がダイレクトに交渉すると軋轢を生みがちです。そのクッション役というのも、アドバイザーの存在意義の一つと言えるでしょう。

ただ、どれだけクッション役がいても、相手へのリスペクトがない、こちらの意見だけを一方的に押し付けるような姿勢では、交渉は前に進みません。お金を出すのは買い手であり、多くの場合、買い手の方がサイズの大きな会社です。そして、売り手は一生のうちにそう何度も売却を経験するものではなく、それこそ一世一代の想いで交渉に挑んでいます

そこに理解を示さないまま、交渉が進むにつれて「金出すから言うこと聞け」くらいの態度で交渉してくる買い手は、もはやM&Aに向いてないとも言えます。よほど選択肢のない会社以外は、そんなところに売却することはないでしょう。

自社の都合は誰でも主張します。しかし、それには相手のメリットを先に考えることです。そんな基本的な交渉能力が、M&Aには求められます。

鍛えられる筋力:相手の立場をリスペクトし、こちらの想いを伝えるコミュニケーション能力

6.会計・法務まわりの基礎知識

交渉が進み、基本合意段階を過ぎると、買い手はDD(デューデリジェンス)を行います。これは、会計や税務、法務などの専門家(会計士や税理士、弁護士)に依頼するのが通常ですが、それら専門家と議論を続ける中で、基本的な勘所が身についてきます。

鍛えられる筋力:数字を元に長所や弱点、陥穽を見つける眼力

7.PMI

すべての買い手、または成長戦略として売却する売り手にとって最も重要なのは、M&A後の統合マネジメント(PMI)です。それこそがM&Aの目的だからです。1×1=2以上の部分がシナジーであり、1×1=1だと(事業ポートフォリオ上のメリットはあったとしても)買い手からすると不満足。それ以下だと失敗です。そのカギを握るのが、PMIです。

一般的に、アドバイザーはこの領域には踏み込みません。というか、踏み込めません。自身で事業会社の経営経験がなければ、そんなところに踏み込めないからです。M&A会社のビジネスモデルは、当然に最終契約→クロージングがゴールで、当事者企業とはゴール地点が違います。

このPMIで重要なのは、モノよりもヒトです。人には様々な感情もあれば、文化の違いもあります。場合によっては、急に発表されたM&A(大体の場合は秘密裏に進めますので、従業員にとっては寝耳に水です)がどうしても受け入れられない人もいるでしょう。

そんな中に飛び込んで統合作業を行い、M&Aの目的を遂行する作業こそがPMIであり、そこを蔑ろにするとM&A自体が無意味になります。

鍛えられる筋力:課題を乗り越えるメンタル、異文化を融合させるコミュニケーション能力


※(ちょっと宣伝)当社のバックグラウンドは、長年経営してきた複数の事業会社ですので、PMIの領域こそ当社の強みだと思っています。M&A後にその事業の顧問に就任しているケースもあります。そこが他のM&A企業と違うところですが、当事者企業とゴール地点を同じくすることで、M&Aの成功確率を高めることができると思っています


このように分解して見ると、M&Aのプロセスを経験することは「経営の筋力を高める」作業であることがわかります。また、「成功した起業家はM&Aが上手い」という言葉も、理解できると思います。

成長を志す起業家は、早い段階で小さなM&Aを経験すると、経営力が格段に上がることは間違いありません

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