ふくらみからすり抜ける風
「ほら、はやく。遅れちゃうよ」
何かのしるしのような、細い腕時計にちらりと目をやって、あなたは少し眉をしかめる。
「まだ大丈夫だよ。順番に案内されているんだし。はやくいっても列に並ぶだけだよ」
そう言ってわたしは、手に持っていたカバンを持ちなおし、ゆっくり歩き始めた。
「でも、ほら、時間がきてるから。置いていかれちゃうよ」
そうしてあなたは、わたしの左腕をぐいっと強くひっぱりつづける。
ぱたぱたとせわしなく、交互に繰り出されるサンダル。
脚にはヒラヒラとまとわりつくワンピースの裾がいそがしい。
はやくはやく、という甘い声が耳の奥で響いている。
柔らかな光がちらちらと顔にあたる。
なんだかまぶしくて目を開ける。
揺れるレースのカーテン。風を受け止めてふくらみを作り続けている。
その隙間から、すり抜けた一筋の風が、わたし頬を撫でて、すり抜けていった。
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