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二年越しの展示会

「展示会がふたたび、東京へやってくる」というお知らせをTwitterで見つけた。

そのお知らせを見た瞬間、やったー! と思わず声をあげてしまった。
その展示会は「羽海野チカの世界展〜ハチミツとライオンと〜」

7月19日から29日まで銀座松屋で開催されるとのこと。

さっそくカレンダーを見て、行けそうな日をチェックして、行けそうな日をピックアップ。第一候補、第二候補の日を決める。

絶対に、絶対に見に行きたい。二年前の失敗を繰り返しちゃいけない。

思い返せば二年前、2016年8月のこと。
「羽海野チカの世界展」は、東京の西武池袋本店で開催された。
このとき、私は「あー、これ行きたいね!」と夫と話していた。私は羽海野チカさんが描いているマンガ「ハチミツとクローバー」と「三月のライオン」が大好きだ。

どこが好きか? と聞かれると「ぜんぶ好き」なのだけれど、いくつか具体的にあげるならば第一に「絵が好き」なのだ。

優しくて、柔らかい世界。けれど時々ぞっとするほど残酷で、打ち捨てられるようにもなる。ひとの心は、たとえひとりの人であっても、ぐちゃぐちゃにこんがらがって、もつれている。

羽海野チカさんの絵には、そのすべてが詰まっている。マンガのストーリー展開自体も、すばらしい。けれど、やっぱりそのストーリーを進めていく人びとの表情や仕草が、胸を打つ。絵を見ただけで、苦しくなったり、涙がこぼれたり、笑顔になれたりもする。

羽海野チカさんのマンガに、羽海野チカさんの描く絵に、どれだけ助けられてきただろうか。原画を見られるチャンスがあるなら、是非とも見たい。そう思った。

しかし、二年前は、展示会を見に行くことができなかった。夫の祖父が亡くなられた。義祖父の葬儀の準備や対応などに追われているうちに、展示会は終わってしまった。残念だったけれど、それは仕方ない。しかし、悔いが残る。展示が開催されてすぐに行けばよかったのに、ダラダラしてなかなか足を運べず、結局いけなくなってしまったのだ。

「羽海野チカの世界展」は、京都や名古屋でも開催されていたので、実家の大阪へ帰省するタイミングに合わせて見にいこうかと考えたこともある。けれども、結局それも叶わなかった。また、いつか、東京に戻ってくるチャンスがあれば、今度こそと考えていた。

そうして2018年7月。ついにその時がやってきた。

展示会が始まって、初めての週末だから、かなりの人がいるに違いない。10時に銀座松屋はオープンするので、なるべく早めに行こうと決めた。実際に到着したのは10時半ぐらいだったけれど、それでも、すでに入場するための列がずらりと並んでいた。また、チケットを購入する人の列も、並列してあった。

わたしは前売り券を購入していたので、入場のための列に並んだ。十分も経たないくらいで、入場できた。前売り特典の「羽海野グマ」と、展示会特典の「三月のライオン 13.1巻」を手渡してもらう。もう、その時点で嬉しい。

展示会場の入り口から、一歩足を踏み入れた瞬間から、淡い色合いが目に飛び込んでくる。単行本やカラー原稿の原画たち。水彩画で彩られた「ハチミツとクローバー」の登場人物、はぐちゃんやあゆ、竹本君。真山。森田さん。「三月のライオン」の桐山君。あかりさん。ひなちゃん。モモちゃん。漫画のキャラクターだと分かっているのに。目にした瞬間、まぶたがじわっと熱くなった。やばいやばい、なんだか感動して泣いてしまいそうだ。

深呼吸して、気を取り直す。作者の挨拶がそばにあったので、落ち着こうと思い読んでみる。ただ、そこに書かれた挨拶も「暑い中、会場に足を運んでくれたみなさま……」と、なんだか、ものすごい感謝の気持ちにあふれた内容で、また、目頭が熱くなってしまった。

あちらをみても、こちらをみても、原画が所狭しと飾られている。羽海野チカさんの描く水彩画は、マンガ、と呼ぶにはもったいない。(これはおそらく他の漫画家さんもそうなのだろうと思うけれど)薄い色味だけでも、何層にもわたるグラデーションや、小さな点ひとつにも、その色には意味があって、そこに塗られている。淡い色合いで、見る人の気持ちを、丸く柔らかくしてくれる。

会場には、本当にたくさんの人が来場されていて、にじりにじりとしか前には進まない。「順番はありませんから、ご自由にごらんください」と係の人が声をかけて下さるが、一枚一枚、舐めるように見たいのだ。そのためには、じりじりとしか動けなくても仕方ない。

出口付近には羽海野チカさんの制作についての展示があった。いわゆる「ネーム」と呼ばれているものだ。いろいろな「マンガのネタになりそうなもの」を書きとめて、その中からピックアップしていく。一枚の紙に分割して、良いと思えるところを切手のこし、また、新たに書き加えていく。何度も何度も、下書きの段階を繰り返し、「これだ」というものを見つけるまでは妥協しない。「ザラザラのものをツルツルにしていくようなイメージ」だと、羽海野チカさんのコメントが添えられていた。

何度も何度も、原石を割り続ける。そしてその石の中から、宝石のかけらを見つけ出す。ピカピカに、一番輝くまで、何度も何度も磨き上げているからこそ、宝石のような作品が出来上がる。だからこそ、いろんなひとの心の、奥深くに届くのだろう。

羽海野チカさんの展示会を見て、私はますます「ハチミツとクローバー」と「三月のライオン」が好きになった。読み終えたあとに、じんわりと心があたたかくなったり、ふつふつと力が湧いてきたり、にまにまと笑ってしまったり。すべてのシーンを妥協せずに向き合われている、大切なものがたり。読めば勇気付けられるのに、登場人物すべての幸せを祈らずにはいられない。

何度も読み返しているけれど、また手にとって読み返してみよう。



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間詰ちひろ
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