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全ての価値観は、善悪に分かれ、愛と欲に集約される。

世界は、対極の価値観で成り立っている。

正しくあろうとすれば、
正しくない価値観が生み出される。

一つの価値観は、境界線を経て、
対極の価値観へと姿を変える。

価値観としては対極だけれど、
どっちも同じ。二つで一つ。

なので、
善くあろうと無理をしたり、
悪い所を無くそうとかしても、
無駄な努力だと思うようになった。

善悪は、所詮、社会の価値観。
それを、自分自身の価値観にしているから、
辻褄が合わなくて、現実が苦しくなっている。

なら、変えるべきは、
現実ではなく、私の中にある価値観だ。

そんな訳で、
価値観をアレコレ変えて来たけれど、
未だに真実を生きられないのは、
たぶん、そういうことではない。

悪いことをするのは、利己的だから。

それが、人間の本質。
誰の心にもあるダークサイド。
なら正しい方、善い方は、
当然ライトサイド。

疑いもなくそう思っていたけれど、
よくよく考えてみたら、
正しくあろうと求めることも、欲だ。

欲が悪いわけではない。
どうしようもない人の本質。

そう。正しいことは、
善であり、本質。
ライトサイドではなく、
ダークサイドなのです。

社会的に正しいことは、
善とされるけれど、
それは社会的なモラルを
強要する側にとっての話。

正しくいてくれた方が都合がいい。
そんな思惑がないとは限らない。

この世界の価値観は、
善悪も、正誤も、
欲から生まれている。

どちらも陰。
なら、陽は?

そう考えてみたら、愛だった。
欲の対極は、全肯定。
不足に対する、足るを知る状態。
無常に対する、常。

欲から見たら、
いつだって現実は不足なのだ。

欲は、利己的な目的のせいで
印象が悪いけれど、
突き詰めれば、動きだ。

より良さを求める動き。
それが、変化を生み、
世界を進化させてゆく。

なら、むしろ欲こそが、
陽なのかもしれない。

否定のない愛は、
不足だらけの現実を、
あるがままに肯定する。

心を満たすことで、
現実を豊かに感じさせる
素晴らしい魔法。

けれど、
全てを肯定してしまったら、
そこに留まっているしかない。
変化も進化も、停滞する。

愛って、本当に陽なのかな?

結局、欲と愛は対極にあるけれど、
欲にも愛にも、それぞれ二面性がある。

欲には、利己的な目的から
誰かを傷つけることもあれば、
よりよい未来のために、
人を成長させ、社会を発展させる
効果もある。

愛には、否定がない。
あるがままに全てを肯定する。
圧倒的な癒しのパワーだとしても、
未来は停滞する。

愛に満たされた状態で、
その幸せを手放し、変化しよう
とは思わないだろうし。

愛も欲も、一方的ではない。

たぶん、あらゆる価値観は、
相対的に二分され、その両方を
包み込んでいるのが、愛であり、欲だ。

不足と足るを知ること。
変化と停滞。
不安と安心。

欲しい価値観だけなんて、選べない。
どっちも隠で、どっちも陽。

正しい、正しくないではなく、
全ての価値観に正しさはある。

その前提で、周囲を見てみよう。

fumori

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