強くあろうとしたから、世界は厳しかったんだ。
世界が優しいのは、人が弱いから。
自分が弱いことを知っているから、
相手の弱さを労わることができる。
世界を優しく感じられるようになったのは、
自分の弱さを認めることができたからかもしれない。
私は、弱い。
だから、
不安で、臆病で、誰も信頼できない。
そんな自分を守るために、
世界と戦ってきた。
生きることが辛かったし、
世の中も自分も嫌いだった。
でも、逆だった。
守ろうとしたから、そうなった。
守る必要なんかなかったのに。
守らなければ攻撃される。奪われる。
そんな思い込みや過去の傷があったのだろう。
自覚がないから、よくわからないけれど、
自分だけが弱いと思っていたし、
弱いことは、悪いことだった。
強いことが、よいこと。正しいこと。
だから、弱いままではいられなかった。
自分を偽って、強いふりを演じてきた。
なんでそんなことしたのかな?
私以外の誰もが強い人間だったなら、
私なんて踏みにじられて終わってる。
とっくに人生の場外だ。
人が弱いから、社会は優しい。
強ければ、それに見合う厳しさになる。
そんな簡単なシステムで、
私の世界は成り立っていた。
なら、
自分が悪い人間だと認めるなら、
周囲には良い人が増えるのかな?
自分がダメ人間だと知っていたら、
それをダメとは思わない
心の広い人が増えたりするのかな?
ゲスい自分を認められなかったら、
立派な人間に囲まれるのかな?
そうやって、思い知らされるのかな。
私が愛に従うのなら、
愛に溢れた世界になるのかな?
世界観が思うままなら、
私は、どんな世界で生きたいだろう?
fumori