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パピコのさきっぽの話
僕はアイスで一番パピコが好きです。
いいですよね。パピコ。
パ行が三分の二を占めているなんて、日本語としてずるいと思うんです。
パピコが好きなのは昔からです。
味が好きだというのはもちろんあるでしょう。
でも、多分一番の理由は僕に弟がいるからです。
パピコというのは変わったアイスで、二つに分けて食べることができるんですね。
それもアイス1個分の値段で。
親としては安上がりなわけです。
小さい頃はガリガリ君よりも食べる頻度は多かったと思います。
そんなパピコを食べ続けてきた幼少期を過ごしたことで、今では愛着すら湧いています。なんというか、パピコ以外を食べたら浮気?みたいな。
メンヘラはこりごりですが、思い出補正も乗っかっているので、アイスを奢ってもらったりするときはよくこの話をします。
たいてい「なんじゃそりゃー!」みたいなツッコミをもらえるので便利です。
変な話をしましたが、とりあえず僕はパピコが大好きなんです。
友達とコンビニにアイスを買いに行くときも、分けるつもりがなくとも毎回パピコを買うくらいには。
もちろん友人と分け合うパピコも大好きです。
「この味うまいねー」とか「どこにゴミ捨てるー?」とか。
そんな会話も好きです。
同じものを一緒に食べるというのは、無条件に強い共感を生みますからね。
ですが、一人で食べるパピコも格別で。
だって一つ食べ終わっても、まだもう一つあるんですよ!?
普通じゃありえないことです。
この幸福感は他のアイスじゃなかなか得られません。
そして、僕はパピコの一番好きな場所があります。
それは食べるまえに取るさきっぽ。
あのさきっぽに詰まっている少しのアイスに、パピコのすべてが詰まっています。
これがあることで、パピコ一個買うだけで
パピコ本体✕2+さきっぽ✕2
で、四回も食べることができるのです。
普通じゃありえないことです。
単純に四回アイスを食べられる豪遊をするのも素晴らしいですが、僕は昔からこのさきっぽを周りにあげるのが好きでした。
分けてあげたときの、あの喜んでくれる顔が好きなんです。
アイスというものは偉大です。
あのちょびっとの量でも人を幸せにできるのですから。
自分は4回もあるうちの1回をあげるだけでみんなとても喜んでくれる。
パピコというのは、そんな素晴らしいアイスなんです。
でも、高校に進学してからは、これを受け取ってもらえないことが多くなりました。
高校には、5つ離れた市から来る人もいます。
さらに僕の住んでいる地域はだいぶ田舎なうえ、僕の通う高校の入学者の大半は、県の都会めな地域に住んでいる人たちです。
当然違うことがあり、育ちの良さにも差があります。
人っ子一人いない時間帯の赤信号をちゃんと守るひとがいたり、フェンスの登り方を知らないひとがいたり。
当たり前のことかもしれませんが、僕には驚きでした。
そんな人たちはパピコのさきっぽだけもらうという行為を卑しいことだと考えるのかもしれません。
高1の夏、仲の良かった友達と最寄りのコンビニにアイスを食べに寄ったとき、いつものように先っぽをあげようとしたところ、初めて要らないと断られました。
これがかなりショックで。
「自分と他人の普通は違う」
そんな当たり前のこと。
分かっているつもりでしたが、そのとき、改めて理解させられました。
めげずにそれ以降も何人かにチャレンジしてみましたが、結果は芳しく無く。
幼少期から続けてきた習慣だったので、これが悪いことなのかもいまだわかりません。
最初にあげるのを断られたときの「普通じゃないよ」という言葉がじんわり刺さって抜けなくて。
今もあのときを思い出すのには少し勇気がいります。
しょうもないことです。
本当にしょうもない、人によってはひとつも共感してもらえないような、ただの名残です。
でも、僕にとってあれは「嬉しいこと」「幸せなこと」でした。