将棋用語の難しさ

入門~級位者にレッスンをしていて、いまだに慣れれないのが将棋用語。
一度整理しないといけないような気がしていて、これを書いている。

どうぶつしょうぎを教えるときは、幼児にもわかりやすいように将棋用語を使わないことを徹底している。どうしても覚えてほしい「王手」と「詰み」だけは残したけれど。この2つは将棋へのステップアップのために必須だ。
ここは私の中で解決済。

将棋のほうは?
…これが難しい。

こども相手には少しずつ将棋のコトバになじむように、用語を教えていく。
説明しなくたって、状況とコトバがあれば、こどもたちは自然に覚えていく。それが仮に難しい用語であっても、理屈でなくて音さえわかれば慣れていく。

大人のレッスンの時にも言葉を選びながら話すようには心がけている。
囲い、戦法、定跡、手筋につけられた名前はたくさんあるけれど、それらは「固有名詞」なので形とセットで記憶していくもの。なので、いっぺんに教えすぎないようにすれば大丈夫。

では何が難しいのかというと、日常に使われている言葉を将棋で使うときの特殊性だ。

「受ける」

「切る」

「落とす」

「寄せる」

など。

初心者の方に教えていて、対局中に「ここは受けましょう」と言ったら「え、ウケる?」と物凄く怪訝な顔をされたことがある。
あ、、、そっちのウケるじゃないんですよ……💦
思い返すと「守る」って表現べきだったんですが、もう染みついちゃってるので気が付かないんですよね。難しい言葉なら意識的にストップかけられるんですけれど、「受ける」って言葉としては平易ですからね……。

「ここで角切って」とか
「玉を落としましょう」とか
「しっかり寄せましょう」とか
つい言っちゃうんだけど、きっと伝わってないことが多いだろうなぁ。

余談だけど、ポーカー初心者の私は周りの人達が話している用語にまったくついていけず、話がまったく耳に入らなかったことがある。
「トリプルバレル打ってこられたけどブラフだった」とか
「ランナーランナーをリバーでひいてナッツになった」とか
上記は適当に書いたので、自然な使い方かどうかは自信がない。いまでも知らないコトバだらけで、まるで外国語のように感じている。あ、もともと外国語だから当たり前か。
最初は1ミリもわかんなかった。聞いたり調べたりして少しずつ覚えた。
いまは少しわかってきたけど、言葉を聞いて、それが何かを思い出し、全体を組み合わせて、それを理解するまでに随分と時間がかかる。周りは気にせず話を進めているから、私だけ取り残される。

聞いたことのない単語とその組み合わせだから、外国語の習得に近い。話しているほうもポーカー用語だとわかって言っている、、、はず。

それにくらべて将棋の場合は日常用語に近すぎる。
前述の「受ける」や「切る」とか普段から使うことばだからやっかいである。(調べようにもきっと検索できない)
さらにややこしいのは、相手の事と自分の事がごっちゃになって話すことが多いからだと思う。自動詞と他動詞も混在している。

駒のことをあたかも自分の体の一部であるかのように表現する。
もしくは手にしている道具として。

よく言ってしまう変なコトバとして「飛車を成る」がある。
「22に飛車を成りましょう」とつい言ってしまうけれど、
飛車""「成る」であり、飛車""とするなら「成らせる」になるんだけれど「飛車を成らせる」と言った場合、(相手の)飛車を成らせてしまう、というニュアンスになってしまうんですよねー。
だから変だとわかっていても使う。「飛車を成る」。
むしろ、この言い方じゃないと感じを正しく伝えられない。

また脱線するけれど、どうぶつしょうぎの問題集を作っているとき、つい「きりんをすすむ」と書いてしまって赤を入れられた。どうぶつしょうぎはどうぶつたち本人が動いているイメージだったから「すすめる」じゃなくて「すすむ」なんだけど、「きりんが」にしなかったのは回答者のことを意識したためで「きりんを」になっちゃったんだろうなー。日本語的に変なんだけれど、気持ち的にはしっくりくるんだよなー。最終的には直したけど。

「銀を進める」これは自分側の銀を動かすことだと思う。
「銀が進む」これはどっちの話かわからない。相手の銀が進んでくるのか、俯瞰してみている感じだとどちら側の銀でも良い。

そう。将棋は俯瞰してみていることが多い。
それなのに教える側は、自分自身の状況と、相手のやるべきことと、俯瞰して見た全体像と、どの立場でも話すので、ものすごく意識しない限り全部が混ざってしまうのだ。

リアルに駒を持っているときは動作を伴うので、飛車を捨てるとか、歩を叩くとか、銀をほうり込むとかすごくしっくりくるんだけど、画面だとそれもちょっと薄くて違和感があるんだよなぁ。

日本語は「私は」「あなたは」という主語がよく欠けてしまうために(言葉のニュアンスのなかにそれを含めてしまうがために)、将棋で双方のことを話す時にわけがわからなくなるのだ。

…えーと、今回書きたかったことがまだ書けてないのだけれど、時間がきたのでいったんここまで。

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