ママチャリ
最悪だ、イヤホンを忘れた。
外出時は必ずイヤホンを付けて音楽を聴く。
家から出た時の急に外と混じり合う感覚が嫌で、イヤホンをつけずに出るのは好きではない。
マンションを出てすぐに気づいたが、乗る予定の電車は今引き返したら絶対に間に合わない時間だった。
あの時こうしてれば、もっと早く起きていたら、いやあれをしなければと、意味のない後悔の言葉が頭の中を反芻する。
そんなことを考えていても仕方がない。
今はギリギリ間に合うかどうかの電車に乗るために、とにかく足を動かさねば。
走るのは嫌でせかせかと早歩きする。
早朝だからと少し着込んだ服のせいで暑い。
曇天の空のせいか気持ちまでどんよりしてきた。
ガタ、ガタタタ、ガタンッ
後ろから音が聞こえてきた。
横に目をやると自転車で通勤するサラリーマン、それに続いて中年の女性と男性も同じ間隔を空けて自転車を走らせていた。
先頭を走るサラリーマンの後ろには子供の頭までしっかりガード出来るような立派なチャイルドシートが載っている。
しかし、颯爽と走る自転車の揺れに合わせ大きな音を立てているシートは空席だった。
よく見ると後ろの二台もママチャリのようだ。
皆んな時間ギリギリの同じ電車に乗るのだろうか、飛ばしているように見える。
通勤電車に間に合うようスピードを出してピリついていそうなのに、リズミカルな音を立てて三台の自転車が過ぎ去っていくのがなんだか可笑しくて口の端から空気が漏れる。
忘れ物も時には良い。
顔が緩むのを抑えながら早歩きを再開する。
方々から早歩きで駅へと向かう人達と一緒に改札へ向かった。