歪み
誰かが勝てば誰かが負ける、誰かが得すれば誰かが損をする、そんな当たり前の仕組みで成り立っている世の中。
誰かがサボればその分、陰で余分な仕事をしなければいけない人がいる。誰かが頑張ればその分、陰で仕事が楽になる人がいる。しかしその全てに報いがあるとは限らない。
愛して欲しくてあげたはずのプレゼントが、あなたを都合のいい人に変えて、あなたを心から愛することのできる対象ではなくしてしまう。
更生してほしいと願って貸したお金が、またその人を更なる悪事へと導く。
願い通りに進まない世の中で、失われたものは、時間は、心は、財は、歪みとして心に積もる。
昔働いていた会社での話。その会社は定期的に小さい会社を吸収して、勢力を拡大していた会社だった。私の課の直属の先輩は、ものすごい人で、40人程いた僕の部署の25%くらいの売上を1人で叩き出していた。完全に店エース。でもあまり出世していなかった。横の課にいた部署の10%の売上も叩き出せていないおばちゃんよりも、出世していなかった。なぜなら、そのおばちゃんがうちの会社での直接採用、親会社でずっと働いて来た人で、私の先輩が吸収された会社から来た人だったから。採用された出身の会社がどこなのか。それだけのことであまりにも大きな成果の差が無視された。今の頑張りが、今会社に与えてるものが、何も反映されていないかのような評価を受けた。先輩は大人だったので不満は心の奥底にしまってやっていたが、思うところはたくさんあっただろう。部外者の私ですら納得できない話であったから。
元々の所属がどこであったかという、何の役にも立たない違いで待遇が変わる組織の歪み。そのせいで生まれた、報われなかった時間と労力、抱えた不満、それら全てを一身に引き受けた先輩の心にもまた大きな歪み。
目に見えた大きく分かりやすい歪みがそこにあっただけで、一般企業では能力のある社員が窓際族に給料を与えているというバカらしい当たり前がまかり通っている。売上が5倍あっても、同じ役職なら年収はせいぜい30%多ければいい方。歪んでるよなぁ。
でも一概に、その歪みが全て悪いとも思えない話もある。
私の大学の演習クラスで担任を受け持った教授がいる。その教授はもともと、農林水産省だかどこかの省庁の官僚で、退職したのちに大学教授となった人だった。クラスの飲み会でいい感じに酒が入り、気持ちが前に出て来た教授が、あろうことか飲み会でしてはいけない話の大本命である政治の話をはじめた。
「みんな、今の政治の問題はなんだと思う?」
クラスのみんなは黙り込んだ。半数くらいは政治に興味なんかなかっただろうし、半分くらいの興味がある層もどのくらい切り込めばいいか分からなくてタジタジという状況。
そんな中で勇気のある生徒が口を開いた。
「行き過ぎた外人優遇政策が問題だと思います。」
教授は尋ねた。
「なんのためにそのような政策がとられていると思いますか?」
生徒は答えた。
「まず外交が弱腰という点と、あとは少子高齢化で日本の国力が低下している中で生産力としての外人を呼び込む必要があるからだと思います。」
教授は言った。
「様々、複雑な事情はありますが、的を射ていると思います。では生徒君が海外に移住するとして、住みにくい土地、政策が不利な土地に行きたいですか?それとも一定優遇されるところに行きたいですか?」
生徒は黙ってしまった。
そんな感じで、ポツポツと出てくる勇気のある生徒の政治への不満に対して、教授がより根本的な問題を提示して問題の本質を考えさせるという飲み会にしては学びが深いコーナーが始まってしまったのだが、とある生徒の言葉で流れは一変した。
「僕は天下り問題から政治の腐敗を感じます。」
待ってましたと言わんばかりに教授の顔つきが変わった。そして教授は話し始めた。
「天下りにもいろんな天下りがありますね。生徒君は天下りの何がいけないと思いますか?」
生徒は答えた。
「官民の癒着による不公平感が強まるのと、何も仕事をしない、そこにいるだけの人間が高い給料をもらうのに納得ができないからです。」
教授は尋ねた。
「ではなぜ、こんなに批判されても天下りが起こり続けるか分かりますか?」
生徒は答えた。
「政治が腐敗してるからだと思います。」
教授は言った。
「そういう部分もあるかもしれません。でも先生はどれだけ問題視しても天下りをなくすことは不可能だと思います。」
教授は続けた。
「先生が官僚出身ということはみなさんご存知ですよね?実際に先生も、皆さんが教科書で習ったような法案を作るのに携わっていたし、ぶっちゃけ国家のために墓場まで持っていかなくちゃいけないような秘密がいくつかあります。」
気づけばクラスのみんなが真剣に話を聞いている。
教授は続けた。
「官僚の同僚達はもうほとんどが東大出身で、ごく稀に先生みたいな京大や、早慶が混ざっているかどうかという感じでした。先生は運良く紛れ込んだだけですが、同僚たちは本当に優秀な人ばかりでしたね。」
私は心の中で言った。
「ほう。興味深いな。話を続けてくれ。」
教授は続けた。
「官僚の仕事というのは時期にもよりますがとにかく忙しい。どれだけ少なくても毎月100時間は時間外労働をしていたし、忙しい時は最高で300時間の時間外労働をしたこともありました。でも官僚も国家公務員です。残業なんてほとんどつけられなかった。若いうちは給料30万もなかったと思います。」
私は思った。
「マジか、時給500円くらいっしょそれ」
先生は続けた。
「みんな国のためにという気持ちや、自分の仕事への責任感から、能力と仕事量に全く見合っていない給料で仕事をしている訳です。一般企業に就職していればもっと楽にもっといい給料をもらえていたであろう人達がね。」
みんなが官僚の過酷さを痛感する中、先生の話は続く。
「若い時期から、文字通り死に物狂いで、命懸けで国のために安月給で働き続けて来た人が沢山います。その中でも本当にすごかった人は、官僚として出世して、50歳前後くらいで省庁の重役のポストに就いて2000万円くらいの給料になりますが、省庁の重役のポストは非常に数が少ない。じゃあ他の人は?国のために命を燃やした優秀な人達であることに変わりはないのに、ずっと低い待遇で働き続けろと思いますか?」
みんながハッとさせられた。
「だから天下りがあるし、天下りはなくならないんです。省庁にないポストでも、ある程度の年収を保証しないと、その人達の人生が報われなさすぎる。国のために死ぬ気で働いた優秀な人材でも、省庁内部にポストがないことの方が多い。そのポストを外部が引き受けているというのが天下りの仕組みです。」
僕は気づいた。
『多分この教授、天下りでうちの大学の教授になったな』と。
教授は続けた。
「国のためにそこまでやった人間に報いがなくなるとは考えにくいし、もしそうなってしまったら国を引っ張り、国を支える官僚の質が下がってしまう。国にとっては、天下り問題よりもそちらの方がはるかに大きな問題でしょう?」
報いなければならない人間の数と、報いに値するポストの数の相違。この歪みを解消するために外部にポストを作り、そのポストを作ってくれた外部に対して、極力一般市民には見えないように政策で報いる。
大学でずっと粘り強く研究をしてきた准教授よりも先に天下りで教授になること。死ぬ気で指導と研究を繰り返して来た教授達にとっては、いきなり元役人が同じ待遇で入ってくること。彼らの心の中のなんとも言えないやり切れなさや、納得できなさというのは考えるに難くない。彼らもまた心に歪みを抱える。しかしながら大学として、功労者に報いることの必要性は理解しながらも、2.3人程を年収2000万円くらいで受け入れておくだけで政界にパイプを作れるというなら安いもので、経済的合理性を考えれば優先されるものはおのずと見えてきてしまう。
残念ながら世の中は歪んでいる。これはもう逃れようのない事実である。もうぐっちゃぐちゃだ。挙げればきりがないほどに、無限大の歪みがある。社会で生きていれば大なり小なりの歪みに巻き込まれる。小さな正義が、大きな正義に覆されることがある。
全く同じ内容の仕事でも働く先によって給料や待遇は変わるし、正社員か派遣かでも大きく変わる。就職氷河期と売り手市場では同じ能力でも入れる会社が変わる。
歪みに報われる人は運なのか、過去の積み重ねなのか、タイミングなのか、何かしらを持っている。歪みを耐え抜くのか、はたまた自分が得をする、報われる歪みを探すのか、それは個人の自由であるが、この世界で歪みから逃げ出すことは不可能であり、この歪みとどのように付き合っていくのかを考えるのも人生において後悔しないために必要なことなのではないだろうか。
PS
ほんまに挙げればキリがないくらい不条理にまみれてるんよな、世の中。誰かのアンラッキーがあるから誰かのラッキーがある。
Twitterかなんかで見たんよ。「仕事を効率化した時に与えられるのは、時間の余裕じゃなくて別の仕事」って。ぶっちゃけマジでそんな気するし、そんな世の中じゃ頑張り損まであるやろ。まであるっていうか大体が頑張り損。
そんな中で俺自身も、出来る人間が報われなかったり損をするような状況、そんな社会システムに嫌気がさして出てきたはずの歌舞伎町やったのにな。
自分の能力と頑張りの反映地点が未来じゃなく即時で、今月の成果がそのまま今月の給料になるような、そんなヒリつきとエンターテイメントを求めて、わざわざ昼職会社員の安定をポイ捨てしたのに、気がついたらそっとプレーヤー辞めてゴリゴリの年功序列で運営スタッフして安定の上にあぐらかいてる自分がいちばん意味わからん。
人生、どこに向かってるんやろうな。
まぁ全員等しく死に向かってるだけなんやけど。
変な話するなら、訳の分からんカスみたいな飛行機ハイジャック犯とかが事件で歴史に名を残してる中で、真面目に生きてる人間は全く歴史に名前なんて残らん。99.9%の人間に意識されることすらなく死んでいくんよな。せめて逆であれよ。歪み過ぎやろ。
最終どうせ何も残らん、死ぬまでのオナニーが人生。それなら出来る限り気持ちよくなりたいよな。
何にせよ、何が気持ちいいのか、それを探し求める気持ちだけは失わないように日々を歩んでいかんとな。ほんまにおもんないのだけは避けたいな。
盛り上げてこ。