悲しい気持ちで立ち寄った、古着屋のYシャツに救われた話
今日、久しぶりに夫が古着屋で買ったYシャツを着ていた。
茶系の中に、オレンジ、水色、黄緑色が入った「D&G」とタグに書いてある、一応ブランド品のYシャツだ。
夫、というより私が一目惚れをして購入した。細長い痩せ体形、アフロ髪の夫によく似合う。
一目惚れをしてシャツを買ったその日は、私達夫婦にとって忘れられない日でもあった。
そう、それは「子供を持つ未来はない」と知らされた日。
悲しい気持ちを通り越し、しばらくその言葉の意味を理解することができなかった。
日本語が話せない夫の職探しと妊活
国際結婚したものの、日本語の話せない夫の職探しは予想通り難航した。とりあえず私ができるだけ残業して、夫の分のお給料も稼ごうと決めた。そして「経済的に子供を育てるのは難しい」と思い込み、夫に仕事がみつかるまでは子供は作らないことにした。
でも、あることがきっかけで「子供がほしい」と思うようになった。
当時働いていた同僚のYちゃんが、妊娠したのだ。Yちゃん夫婦は会社を経営する個人事業主。経済的にはうちと同じような経済状況だったと思う。それでも、赤ちゃんができて「何とかなると思っている。ひろぴさんは子供作らないの?」と聞かれ「自分もほしい」と思うようになったのだ。
悲しみのどん底を味わった日
子供がほしいと思いはじめてから、妊活を1年したけど子供ができなかった。不妊外来に行き、検査結果を聞き、一気に悲しみのどん底に突き落とされた。
「自然妊娠に必要な精子の数が、通常の1/20しかいませんね。顕微鏡受精をおすすめします」
「・・・・・・」
「きっと問題があるのは自分だ」そう思っていたので、まさかの衝撃の事実だった。
今、日本では産まれてくる子供の1/18人が胎外受精で生まれている、といわれている。
16年は過去最多の44万7790件の体外受精が行われ、妊娠後に5万4110人の子が生まれた。体外受精で生まれる子の割合は00年には97人に1人だったが、十数年間で急速に増えたことになる。
引用元:日本経済新聞
これは2016年の統計なので、2021年の現在、もっと増えているかもしれない。
私達に体外受精という選択肢はなかった。経済的にお金をかける余裕もなく、通常なら自然がすることを、人の手を使って受精させることにどうしても違和感があった。
とはいえ、胎外受精があたりまえになった昨今、私の周りでも体外受精で授かっている友人は多い。
はじめから「体外受精はしない」と決めていたけど、いざ「自然妊娠では授からない」と審判がくだされると、いたたまれなく悲しい気持ちになった。
経済的なことを理由に、結婚後してすぐに子供を作らなかったけど「お金のことは気にしなくてよかったんじゃないか?」と、結婚後すぐに妊活しなかったことを少し後悔した。
「D&G」のYシャツに出会う
「子供をもてない未来」を宣告された日、いつもならまっすぐ家に帰る道を、遠回りした。すぐに家に帰る気持ちにならなかったのだ。
夫「ごめんね・・・」
私「子供がいなくても夫婦2人の生活を楽しめばいいじゃん」
と、夫を励ました。
ココロがおいつかなかった。魂を抜かれた人形みたいに「悲しい」という感情すらなかった。周りの笑い声・建物・景色、すべてが灰色にみえた。
そんな悲しい出来事のあった日の帰り道にみつけたのが一軒の古着屋。その古着屋で、一目惚れして購入したのが「D&G」のYシャツだ。
普段は洋服など買わない夫も、その日はそのYシャツを気にいったみたいで「似合うね!買おうよ」というと「いいね」と購入を決意。少し気がまぎれた様だった。それから、家にどうやって帰ったのか記憶にない。
強く願えば奇跡は起きる
「体外受精をしない」と決め、「自然妊娠は無理」と言われても、子供を持つ未来をあきらめきれなかった。「子供ができるかもしれない」と、可能な限りありとあらゆるものを試した。精子にいい影響を与えるマカを飲んだり、広島に牡蠣を食べにいったり。
そして、「体外受精はしない」と決め、「子供ができない」とわかったあの日から9年。
今私達には2人の娘がいる。
1度の流産を経験し、自然妊娠で授かった2人の子供たち。今でも子供たちをまじまじみながら「本当に存在している」とたまに不思議な気持ちになることがある。
「自然妊娠は無理」と宣告されたあの日の自分たちに言いたい。
「諦めなくて大丈夫、奇跡が起こるから」と。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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