「あ」が言えない敦子は、今日も自分の名前を呪う
「あ」から逃げる私の人生
私は、どもる。
どもるっていってもね……
某番組の滑舌悪い芸人さんみたいなレベルじゃなくて(あれはちゃんと言葉が出てるじゃん!)
最初の言葉が、というか音が、出ないときがある!
特に苦手なのは、
あ行!
日本語のはじまりの音であり、英語の一人称も「I」。
私はその絶対的な存在から逃げてきた。
どうしたって逃れることはできないのに。
問題の答えって、どうしていつも「あいうえお」なんだろう
吃音を自覚したのは、小学校5年生。
国語の時間、順番に音読をしていたときだ。
1音目が出なかったから、しばらく黙ってしまって、何とか絞り出そうとして、
「あ、あ、あ、あ、あ、、、」と連発。
クラス中にどっと起こる笑い声。
休み時間になると、仲良くしていた友達から
「さっきの何だったの?めちゃくちゃおもしろかったんだけど」
と、さも私が意図的にみんなを笑わせようとしていたものだというように話しかけられた。
あのとき私は、きっと傷ついていたと思うが、ごまかすようにヘラヘラ笑顔を彼女に返した、ような気がする。
それから、授業中に困ったのは、問題の回答。
先生「あいうえおのどれが正解?」と前の席から順に口頭で答えていくときなんか、
自分の番が回ってくるのがすごく、こわかった。
言えなかったらどうしよう?正解が特に苦手な「あ」とか「え」の問題じゃありませんように。と念じる私。
仕方ないので、タメを作ることにしていた。
「あーーーー、ウ、です」
テンポよくみんなが答えていくのに私だけ時間がかかってしまうのが恥ずかしかったが、
なんとかこれでしのいでいた。
前に指された人が答えを間違えたときは、本当に申し訳ないのだが、「~じゃなくて、~です」と答えたりしていた。
こんな感じ。
「この問題、わかる? はい、斉藤」
「イです」
「違う。じゃあ、田口はどう?」
「イじゃなくて、アです」とか。
でもこれ、性格悪いよな~。
受験とか、就職とか、合コンとか
大学受験で受ける学校選びでも名前は重要だ。早稲田大学に行きたくて頑張っていたのに、時々、「どこを受けるの?」と聞かれて、早稲田の「わ」が出てこないときがあった。そのせいだとは思っていないが、落ちたときは内心、ほっとした。
就職先もやはり、言いやすい名前であることが絶対条件。なぜなら、電話応対できないから(どちらにせよ、電話となると緊張して、会社名が言えないことがあった)。
それから、20代前半誘われることが多かった合コンも憂鬱だった。合コンの自己紹介のとき、どうしてみんな、下の名前を聞くのだろう。
「田口です」と言うと、すぐ聞いてくる。「下の名前は?」って。
「あつこです」とすらっと出てくればいいが、出てこないこともある。せっかくうまく言えて喜んでいるところに、「へえ、渋い名前だね」なんて言われるから、また気持ちが下がるのだ。渋くて結構、コケコッコー。
(つづく)