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掌編 お題「鍵のかからない部屋」

 その部屋は鍵がかからなかった。祖父だか曽祖父の代に鍵を亡くしたのが原因で、以来、その部屋はだれのものでもなく、物置にするにも頼りない奇妙な空間になっている。
 私が子どもの頃、そこは私の遊び場だった。家族にとっても、大切なものの何も置いてないその場所は、こうるさいがきんちょを隔離しておくにはちょうどいい部屋だっただろう。大人たちは私がその部屋を使うのに、だれも文句を言わなかった。私は子ども部屋からおもちゃを運び込んでは、その部屋で失くすということを繰り返した。そこではお気に入りの怪獣のソフビ人形を失くしたし、母の思い出のオルゴールも失くした。あの部屋をひっくり返せば、それらはまだ見つかるかもしれない。だけど、私が失くした友達は見つかるだろうか。
 雨になると、必ず親戚の松子おばちゃんがやってきた。お金の無心に来ていたのだ。松子おばちゃんは信じられない胆力の持ち主で、疎まれ口を叩かれているのを知っていながら、雨の日に家を訪ねてくるのをやめなかった。彼女は息子の武夫くんを連れて、お茶菓子をせびる。出されたお茶菓子を一口で飲み込むと、武夫くんと私を居間から追い出して、実の姉である私の母に何やかやと文句を言った。私はその姦しい声を背中に聞きながら、武夫くんと例の部屋へとぼとぼと歩いていく。
 武夫くんは無口な子だった。私が怪獣の人形を差し出すと、うんともすんともなく、それを受け取った。私は、怪獣とヒーローをたたかわせた。どちらが勝つかは、私のその時の気分によった。ヒーローばかりが勝つとつまらないと思えば怪獣を勝たせたし、怪獣が勝つと町内会が危ないと思えばヒーローを勝たせた。父は青年消防団のそこそこ偉い立場であり、町内会が危ないということは父が危ないということでもあった。
 武夫くんは、そのどちらにも文句を言った覚えがない。彼の分の文句は、松子おばさんが食べて、私の母にぶつけてしまったのだろう。私が怪獣を勝たせると、それを見ていた周りの大人たちががやがやと文句を言い立てたので、私はうるさいことを言わない武夫くんが存外好きだった。
 ある日、あまりに雨がひどくなり、武夫くんたちは家に泊まることになり、武夫くんと松子おばさんの二人に、あの部屋があてがわれた。私は母から部屋を片付けるよう言われ、おもちゃからがらくたからかき集めて、部屋の隅に寄せた。どうにか布団を二枚引ける程度には片付けると、入り口に武夫くんが立っているのに気付いた。
 私は見つめられるまま、黙っていた。武夫くんは物言わぬ瞳で私を見ていた。ただ、じっと。

 怪獣の人形を失くしたあと、ヒーローの人形で遊ばなくなった。他にも怪獣はいたのに。オルゴールの歌は今も思い出せない。母に聞いても、覚えていなかった。
 武夫くんは、松子おばさんと一緒にどこかへ消えた。私を失くさなかった母は、どんな魔法を使ったのだろう。

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