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掌編 「吐瀉」

 あ、笑った。
 窓に背中を預けた新見は逆光で後光が差していた。
 意地の悪そうな顔。
 新見は笑うとき、上と下と両方から目が細まって、狐みたいな顔になる。
「新見って絶対性格悪いよな」
「周りブスばっかだしな」
 新見の顔立ちで周りがブスばかりじゃないって、それ不可能だろ、と思う。というか、それって新見に性格悪くあってほしいっていう願望だから、新見が何してても性格悪そうってことになるんだろうなー、なんて欠伸を噛み殺す演技。
 目が合って、ゆっくりと逸らす。
 吐きそ。
 何でもないですよってアピールして、新見からもおんなじアピールされて、まるで野良猫の馴れ合いみたい。不可侵ですよって。なんにもなかったフリだけうまくなる。
 まじで、吐きそう。
 心臓がばくばくいって、胸が苦しくなる。横向いた新見の横顔に光が当たって、ブラウンの目が余計に淡くなる。
 笑ってる。
 どうやったらそんな顔できるんだ、と思う。ぜんぶ演技だったら、むしろ、そうあってくれと願ったり。
 また、見た。
 わざとらしく目を見開いて、でも、それは自然で。
 あー、もう無理かも。
 知らね。知らね。無理だから。もう吐くしかないから。吐きます、ぜんぶ。ぜんぶ吐いて、楽になりたい。
 新見は綺麗で、かき乱される自分が嫌いで、何やってんのって感じ。気持ち悪い。キモチワルイ。きもちわるい。きっしょい、ねちっこい、いやらしい自分の視線が新見に絡み付いて、イカ臭い。
 昼休みったって、トイレがいつでも空いてる訳なくて、順番待ち中に、袖を引かれて、それが新見。
 うわ。
 まばたきにあわせて、まつげが揺れた。
 え。
 手を引かれる。
 待って。吐きそう。
 金木犀の、香り。茶髪ロングがなびいてる。好きだな、ってそう思った。秋の、ほこりっぽい、黄ばんだ午後の光みたいな、新見の空気感が私を包んだ。同性とか、そんなのどうでもいいくらい、しあわせ。
 外に出た瞬間、無理になって、地面に吐いた。私の吐瀉物を見て、新見は笑った。
 丸い頬に、涙がつるん、て。


お題 「片思いの憂鬱」

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