月と陽のあいだに 225
落葉の章
ハクシン(6)
ハクシンを抱きしめて、一番の被害者は自分の娘だと言い募る皇太子。
それを見る皇帝の視線が、さらに冷ややかになったのは明らかだった。
「アンジュ、そなたは白玲皇女を嫌悪して排除するために、ハクシンを誘惑して金を引き出し、自分が疑われたのでハクシンに罪を着せようというであろう。守るべき主人に手を出して、己の意のままにしようなど、護衛にあるまじき行為ではないか」
皇太子の罵倒が途切れたのを見て、長老がアンジュに申し開きはあるかと問うた。
「いいえ、私は白玲殿下を排除するために、ハクシン殿下を利用したのです。ハクシン殿下は被害者。罪は私一人のものであります」
アンジュの返答に安堵したのは、皇太子ひとり。広間の真ん中で、茶番を繰り広げる皇太子に、居並ぶ人々は一様に厳しい表情を崩さない。
その時、クスクスと小さな笑い声が聞こえた。
空耳かと皆が耳をそばだてると、その声は次第に大きくなり、やがて、あははは……と大きな笑い声になった。声の主は、ハクシンだった。
「お父様もアンジュもバカみたい。アンジュったら、このまま罪をかぶれば死罪になるのよ。あなたを誘惑したのは私なのに、最後まで私をかばうなんて、本当にお人好し」
笑いすぎて息が上がったのか、ハクシンは咳き込んだ。それが収まると、自分の肩を抱き寄せている父の手を振り払った。
「お父様は、私のことなど何もご存知ないでしょう。それなのに、いかにも私を信じているようなふりをなさるのね。そのくせ、本当に気にしているのはご自分のお立場ばかり。
でも、今度ばかりはうまくいくかしら?」
ハクシンは、先ほどまでの涙をどこかへ忘れてきたように、いかにも面白そうに笑い続けた。そして笑いながら、広間の後で体を固くしている白玲に顔を向けた。
「ねえ、白玲。あなたがどう思おうと、私はあなたが大嫌い。あなたが月蛾国へやってくると知った時から、あなたが私の敵になるってわかっていたわ。
月神殿で初めて会った時、私は自分の直感が正しかったと確信したの。
卑しい陽族の娘から生まれたくせに、コヘル様に見込まれて、お祖父様は、あなたを迎えにナダル卿を輝陽国まで行かせたわ。飛び抜けて頭がいいわけでも美しいわけでもなく、健康だけが取り柄のグズでおバカな子。私が親友のふりをしているのを見抜くこともできずに、つまらない手紙をたくさん送ってよこして、笑ってしまったわ。
だけどやっと私が怪しいと気づいて、わざわざ医学院へ診察に行ったのでしょう?
それなのにあなたったら、ろくな防備もしないのだもの。
頭が悪いだけじゃなくて、詰めも甘いのよ」
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